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7、守りの力

「何、今の? 静電気?」と水木が問う。


 静電気?

 似た感じだが、こんな強い静電気は経験したことがない。

 くらりと目眩がした。

 嫌な感じがする。


 急に顔色が悪くなった灯の腕を、とっさに水木が支える。


「どうしたの? 気分が悪い?」


 水木の問いに、「……大丈夫です」と灯は小さな声で答えた。


「なんか顔色が悪いよ。僕の家、この近くだから、やっぱり休んで行きなよ」


 水木はそのまま灯の手を取り、強引に自分の家に連れて行こうと、歩き出す。

 灯は半ば引きずられるようになりながら、後をついて行かざるをえない。


「―――――いいです。ホント大丈夫ですから」


 確かに軽い貧血を起こしたような、気だるい感じがする。

 今の変な現象のせいなのかもしれない。

 あやかしが近くにいるのだろうか。

 海風がいない今、この場に妖かしが現れたら、水木まで巻きこんでしまうことになる。

 それが怖かった。

 自分のことで、誰にも傷ついて欲しくない。

 

 なのに、水木は怒ったような顔をして、灯の声など聞こえないかのように歩みを進める。

 いつもの優しく穏やかな水木とは、人が違ったような強引さだった。


 途方に暮れた灯りの制服の裾を、いきなり何かがグイッと引っ張った。

 つんのめるようにして振り返ると、小さな女の子が両手で私のブレザーの裾を握りしめ、私を見上げていた。

 小学校低学年くらいの子だろうか。

 黒目がちの大きな瞳に、肩ぐらいの長さのさらさらした髪。

 白いハイウエストのワンピース。

 じっと見つめる瞳に、灯はどこか見覚えがある気がした。

 でも、思い出せない。


「誰?」


 水木も気がついて灯に尋ねる。


「え…っと…私の近所の子……?」


 自信なげに呟くと、女の子は嬉しそうにコクコクと頷いた。

 そうか。近所で何気なく見かけたのかもしれない。

 そうでなければ、こんな幼い子と顔を合わせる機会はないように思う。


 灯はしゃがんで、女の子と目線を合わせた。


「どうしたの? 道に迷ったの?」


 不安がらせないように、微笑みながら尋ねると、女の子はコクリと頷いた。


「水木先輩。やっぱり今日は真っ直ぐ帰ります。私、大丈夫ですし、小さい子を放っておけないですから」


 水木はまだ心配な様子だったが、不承不承ながらも納得して、歩道橋を下りたところで別れた。

 ふと女の子を見下ろすと、怖ず怖ずと手を差し出してくる。

 灯がキュッと手を繋いでやると、女の子はニッコリと笑った。

 

 帰り道、灯はその子に色々話しかけたが、コクリと頷くと「YES」、ふるふると首を振ると「NO」だとわかるくらい少女は無口で大人しい性格らしかった。

 どうやら「しおり」という名前であること。

 7才であること。

 ようやく分かったことはそのくらいだったが、灯の手を離さないこと、時々はにかんだような笑顔を見せることから、好かれているらしいことは伝わってくる。


 人と話すときは専ら聞き役の灯が、一方的にしゃべるという、普段では考えられない不思議なシチュエーション。

 おまけに10才も年下という日頃接することがないような相手ではあったが、その割には楽しく、なごやかに時間が過ぎ、気づけばいつのまにか灯の自宅近くまで帰って来ていた。


 すると少女は、ようやく自分の家がわかったからか、ペコリと頭を下げると、タッタッタッと駆け出した。


「しおりちゃん、おうち分かったの? 大丈夫? 気をつけて帰るんだよ」


 灯が声をかけると、少女はくるりと振り返り、ニコリと笑うと手を振った。


 かわいいなぁ。

 私も妹か弟が欲しかったなぁ。


 そんなことを考え、微笑みながら自宅の門をくぐる。

 視線を感じふと目を上げると、玄関脇の樫の木の中枝に、海風が座り、灯を見下ろしていた。


「おかえり。灯ちゃん」


 幾度かの体育の授業で海風の運動神経の良さは知れ渡ってしまったらしく、今日も放課後、灯が教室を出るときには勧誘のための運動部員に取り囲まれていたようだった。

 でも、園芸の手伝いをしたり、迷子の小学生の歩幅に合わせて歩いたりして、海風の方が帰宅が早いということになったようだ。


「ただいま」


 しおりとの道中が楽しかったことが、無意識に灯の表情を明るくする。

 そんな灯の前に、枝から飛び降りた海風がゆっくりと近づいてくる。

 海風がむっつり難しい顔をしているのに気づいて、灯の顔からも笑顔が消えていった。


「水晶のお守り、見してくれる?」


 灯が黙って、首筋の紐を引っ張ると、コロンと掌に透明な勾玉が躍り出た。

 海風がそっと指先で触れる。


「やっぱり……気が歪んで、少々守りが綻びてるわ。何かあった?」


 守りが綻びる?

 思いつく原因は、先ほど水木と会った時に起こった静電気だ。


「帰る途中で…静電気みたいなのが起こって…」


「静電気? いつのこと? 誰か一緒やった?」


「…さっき……水木先輩と一緒の時……」


 とたんに海風の眉間の皺が深くなる。

 ハアッと彼が深い溜息をつくと、胸の深い部分でずきんと痛みを感じた。


「あいつと接触してる時に調子がおかしくなったのは2回目やろ? なんでそんな無防備なんかな。大丈夫? 気ぃつけなあかんやん!」


 大丈夫? 気をつけて―――――。

 それはさっき灯が小学生のしおりにかけた言葉と同じだった。


 海風はまるで小学生に接するように、灯を扱う。

 決して対等の相手として、灯を見てはくれないのだ。

 そのことに突然気がついて、灯は深く傷ついた。


 突然現れて命を救ってくれた。

「人工呼吸」とはいえ、ファーストキスを奪われた。

 気にならないわけがない。

 捻くれた言動に腹が立つこともあるが、将来の夢もしっかり持って、家族からも同級生からも頼りにされている海風を尊敬していた。

 触発されて自立を夢見たりもした。

 それによって、少しでも追いつければ良いと思っていた。

 だけど……。


 幼少から家族に心配ばかりかけてきた自分だけど、卑屈にならねばならぬような生き方はしてこなかった。

 周りの人に心配をかけても、迷惑をかけることはないように、出来る限り自分を律してきた。

 精一杯。

 そんな私の思いは、きっと彼には理解できないことなのだ。


「水木先輩はいい人だもん!」


 思わず出た言葉の口調の強さに、灯自身が驚いた。

 だが、怯まず、海風を真っ直ぐ見据えて、言葉を続ける。

 

「……自分の家から遠く離れて、私の学校に転校までしてくれて……海風くんには感謝している。でも…私も子供じゃないよ。海風くんと同じ高校生だよ。ちゃんと信用できる人とそうでない人の判断はしている。それで…私の判断が間違っていて…命を落とすようなことになったら…それは私の自業自得、仕方がないと思うの」


「灯ちゃん?」


「私は、例えそちらの方が安全な一生であっても……人を疑ってばかりで、逃げてばかりの人生を送りたくない!」


 グッと熱い物が喉の奥に込み上げる。

 そのまま玄関に駆け出そうとした灯の手首を、海風がとっさにパッと掴んだ。


「灯ちゃん、ちょっと待ってぇな!」


 しかし驚いたように振り返った灯の瞳から、ポロリと涙が零れるのを見て海風の動きが止まった。

 灯を掴む腕から急速に力が抜ける。

 

「ごめん。…ちょっと時間をちょうだい。…そしたら冷静に話を聞くから」


 そして、いつも通り、笑えるようになるから―――――。


 そう呟いて、小走りに玄関に消える後ろ姿を見て、海風は灯を傷つけてしまったことを察し、狼狽えた。

 いつもおっとり笑っているから、危機感のない世間知らずのお嬢さんだと思った。

 なのに―――――。


 命を落とすことになっても、人を疑って、逃げてばかりの人生は過ごしたくないと言い切った灯の、真っ直ぐな瞳が脳裏から離れない。

 守られるだけの、人形ではないのだ、彼女は。


 キュッと唇を噛みしめる。

 灯の涙を見て、なぜこんなに心が痛むのか―――――。

 その意味には、まだ思い至らない海風だった。





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