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3、季節外れの転校生

 週末が明けての月曜日。

 学校へ行くために、朝食のトーストをかじっていた灯は、ダイニングに入ってきた海風の姿を見て驚いた。


「海風くん、その制服って・・・」


「あ、おはよう、灯ちゃん。今日から俺、同じ高校に通うことになったから。よろしゅう頼むわな」


 海風が着ていたのは、灯の通う高校の制服だった。

 先週、灯の歩道橋絶体絶命事件があってから、海風は灯の家に滞在している。

 大学生の灯の兄が下宿して一人暮しをしているので、空いている彼の部屋にそのまま海風が使っているのだ。


「あら、海風くん。おはよう。もう制服も届いたの? 手回しが良いわね」


 灯の母親がキッチンから海風の分の朝食をテーブルに運ぶ。


「あ、オハヨーゴザイマス。壬生みぶのじいさんが転校の手続きも全部手配してくれてて。制服まで昨日のうちに届いてて、俺もびっくりです」


 気になることがあるから、しばらくはこちらにいると海風は言っていた。

『しばらく』とは1,2週間程度のことかと灯は思っていたが、高校の転校手続きをしてということは案外長く側にいてくれるのかもしれない。

 そう考えると、灯の気分は一気に浮上した。


「あ、でも、うちの学校、一応編入試験受けないといけないんじゃ……」


「あ、それは俺が通っていた高校の成績証明書でOKやった」


「海風くんの通っていた学校は進学で有名な洛北高校よ。その中でも成績優秀者に入っていたらしいから、灯の高校なら楽勝よね」


 さりげなく娘をコケ下ろしている母親の言葉に軽く凹むが、それよりそんな進学校に通っている海風が短期間とはいえ、灯の高校に編入し迷惑にならないのだろうか。


「海風くんの学校、勉強も厳しいんでしょ? こちらの学校に通っている間に勉強が遅れてしまったら……また京都に戻った時、すごく困ることになるんじゃ……。私のせいで海風くんにそんな迷惑かけるのは…」


 灯が恐る恐る話しかけると、海風はトーストを頬張る手を休め、キョトンとした表情でテーブルの反対側に座る灯を見つめた。


「灯ちゃんて、心配しいやなぁ。勉強なんて要はしっかりした目標と本人のやる気次第やん。場所はどこでも同じやろ?」


「しっかりした目標?」


「うん。…俺、将来は建築士になりたいの。陰陽道ができる建築士ってのもなかなかイケてるやろ? そのために今はK大工学部の建築学科入学が、俺の目標」


 灯の瞳が驚いたように見開かれる。


「すごいね。私と同い年なのに、将来のこと、しっかり考えて…」


 テーブル横の対面キッチンから灯の母も感心したように声をかけた。



「まあ、海風くんが安倍の家を継ぐんだと、叔母さん思っていたわ。 安倍の家で海風くんが一番陰陽師としての能力が高いって噂だったから」


「昔と違って、今は陰陽道だけでは生活できませんから。身内には政治家や役所関係の仕事に従事する者が多いけど、俺には合わへんし。それでなくても、副業で人間のドロドロしている部分に関わることが多いのに、本業でもっていうのはちょっと、ね」


 そうか。常人にない力があって、名家の出身で、頭が良くって。

 何事にも恵まれている海風くんにだって、色々悩みはあるんだろう。

 いや。普通の人間には考えられないような苦労があるのかもしれない、と灯は思った。


「どうして『建築士』なの?」


「俺、……京都に住んでるやん。京都って千年も昔の建築物が仰山残ってる街やろ? しかもそれらは単に古いだけじゃなくって、美しくって無駄がないのに行き届いている。俺もそんなものを創りたい。千年先もこの世に残るものを創るってすごいよなって思うし。一生かけても価値あることや」


「へえ…なんか……」


 灯は心から感心した様子で、目を見張って海風を見つめている。

 海風は突然無性に恥ずかしくなって、こめかみの辺りをポリポリと掻いた。


 何で知り合って間もない人間に、自分の立ち入った問題をペラペラしゃべっているんだろう。

 自分はポーカーフェイスで、親にも誰にも心の中を晒すようなことはほとんどない。

 心を晒すと言うことは、相手に自分の弱みを与えることになりかねない。

 安倍のような家に生まれた自分にとって、それは命を脅かす事に繋がる場合がある。

 なのに、将来の夢なんて私的な事を安易に話している自分が信じられない。

 力の波動は全く感じられない。にも関わらず、灯には何か自分の調子を狂わせるモノがある。

 そんなことを思いながら、再び視線を向けると、灯は。


「…すごくステキだね」


とふんわり微笑んだ。その笑顔に目が釘付けになった。




 * * * * *




 安倍海風の編入第1日目。


「京都の学校から編入してきました、安倍海風です。よろしゅうお願いします」


 1時間目の前に、教卓の横でにこやかに自己紹介して、その日の放課後には海風はすっかりクラスに馴染んでいた。

 まさか同じクラスになるとは思っていなかった灯は嬉しくて、休憩時間のたびに海風に話しかけたいと思ったが、とても近くに寄れないほど、彼の周りは男女を問わず、クラスメイトにずっと取り囲まれていた。


 体育の時間、サッカーで海風がハットトリックを決めたり、少々意地悪な数学の先生が出した問題を軽々解いてしまったりといったことも、彼の人気を高めたようだった。

 関西弁で、気さくで話しやすい海風の人柄にもよるのだろう。

 今も相変わらず海風は5、6人のクラスメイトの質問攻勢に合っていた。


「安倍君って兄弟、いるの?」


「うん。兄貴と弟の三人兄弟」


「へえ、いくつ離れているの?」


「兄貴は一つ上で、弟は俺より3つ下や」


「じゃあ、高2と中1だね。お兄さんもこの学校に編入したの?」


「いいや。一家で俺だけが、叔父宅に世話になることになって。まあ、前の学校で色々辛いことがあってな……」


 え、お父さんって海風くんの叔父さんだったっけ? いやいや、安倍家って壬生のおじいさまの知り合いだったんじゃ??

 海風に二人の兄弟がいることは母から聞いたが、前の学校で色々辛いことがあったなんてことは初耳だった。

 数日前に出会ったばかりの関係だ。

 海風自身のことで知っていることと言えば、代々続いている陰陽道で有名な家の息子で彼自身すごい力の持ち主だということと、簡単な家族構成くらいだった。


 帰ったら、彼自身のことも色々聞いてみよう。


 海風に帰りはどうするのか聞きたかったが、クラスメイトと会話が弾んでいる海風に話しかけるのは躊躇われた。

 鞄を持つと、灯はいつもの用事を済ませて帰宅しようと教室を後にした。




 海風があやかしを祓ってくれたせいか、今日は体調が良い。

 灯が正門近くの花壇に寄ると、園芸部の竹山先生が水道にホースを繋いで、木々や草花に水をあげているところだった。

 竹山先生は定年間近の“おじいちゃん先生”だ。

 教科は日本史だが、灯は直接教えてもらったことはない。

 趣味で育てた菊はコンクールで大きな賞をもらったこともあり、だから園芸部の顧問をしているそうなのだが、今日日、園芸部等という地味なクラブに好んで入る高校生も少なく、放課後は顧問一人で植木の世話をしていることが多かった。


“いつもの用事”というのは、竹山先生の手伝いだった。

 虚弱体質のため、正規のクラブ活動を諦めていた灯は、体調の良いときは竹山先生を手伝って帰宅することが多かった。

 手伝ってみると、植木の世話は案外灯の性格に合っているようだった。


『植物も人間も愛情を注げば注いだ分、ステキに育つもんだ』というのが口癖の穏やかで、博学な先生とは何となくウマがあったし、手伝った後『助かりました。ありがとう』と御礼を言われると、こんな自分 でも人の役にたっていると感じられて嬉しかった。

 何より黙々と植物の世話をするのは気持ちが落ち着いて、楽しかった。


 灯が黙々と雑草を抜いていると、花壇の横にある本館の2階の窓から、男の先生が、「竹山先生、お電話です」と声をかけた。

 丁度職員室の窓だ。


「あ、じゃあ、八神さん。ちょっと職員室に戻ってくるから。ホースとかそのままにして、帰ってくれて良いからね」


 慌てて職員室に向かう竹山先生に向かって灯は、


「大丈夫です。もう水遣りも終わってるし、ホースは園芸部の倉庫に片づけておきますから」


とにっこり笑って答えた。

 一瞬逡巡するような表情を見せたが、「じゃあ、よろしくお願いします。無理しないようにね」と少し心配そうな竹山先生を笑顔で見送って、灯は雑草を入れたポリ袋を裏門脇にあるゴミ収集場所に運び、水道栓から園芸用ホースを抜いた。


 日頃の倦怠感もなく、気分も良いので大丈夫。

 灯はホースを丁寧に巻き、両腕で持ち上げた。

 結構重量感がある。

 花壇の脇に置いてある鞄が気になったが、貴重品も入っていないし、園芸部の倉庫ならここから近いし、大丈夫だろう。

 

 下足室に寄って靴を履き替えるのも面倒なので、校舎の反対側にある倉庫まで、校舎を迂回して行くことにした。

 腕が疲れてきたので、ホースを抱え直し、校舎の反対側に出る角を曲がろうとした時。

 灯は、誰かが駆けてくる足音を耳にした。

 注意する暇もなく、角を曲がってきた人物は、思いきり灯にぶつかってきた。

 衝撃に小さな悲鳴を上げて、地面に投げ出されて驚いた灯が、ぶつかった相手に顔を向けようとすると、ふと暖かい掌がその額に触れてきた。


「大丈夫?」という声を聞いたとたん、意識が沈んで、闇が訪れた。



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