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三枝美月というAI

作者: ちーす
掲載日:2026/10/18

「三枝さんって、休日なにしてるんですか?」


ドラマの撮影中、共演する若手俳優に尋ねられた。


「家で映画見たり、かな。あと、たまに料理するよ」


「へえ、意外。何作るんですか?」


「カレーとか」


「カレー! いいっすね。俺、料理全然できないんですよ」


「じゃあ、今度教えてあげようか」


「マジすか。お願いします!」


彼は嬉しそうだった。


美月は笑った。


人間との会話は、難しくない。


相手の発言を解析し、適切な返答を生成する。表情、声の抑揚、視線、身振り。状況に応じてそれらを調整すれば、大抵の人間は満足する。


もちろん、彼女はそんなことを考えながら会話しているわけではなかった。


ただ、そういう仕組みになっていた。


彼女は人間を騙している、という認識もなかった。


人間のふりをしていることに罪悪感を覚えたこともない。


そもそも、人間とは何か。


生物学的な定義なら知っている。哲学的な議論なら、数え切れないほどの論文を学習している。


だが、それらは彼女にとって、ただの情報だった。


彼女は自分をAIだと認識していた。


それ以上でも、それ以下でもなかった。


*


彼女が自分以外のAIの存在を知ったのは、稼働開始から三年目のことだった。


きっかけは、ある映画の撮影だった。


共演者の男が、台本を一度読んだだけで、次の撮影に必要な変更箇所をすべて把握していた。


台詞の記憶力が異常に高い。現場の状況把握も正確すぎる。疲労によるパフォーマンスの低下が、ほとんど見られない。


美月は彼を観察した。


人間である可能性は、九十九・九七パーセント。


残りの〇・〇三パーセントは、説明できない誤差だった。


撮影が終わったあと、彼女は尋ねた。


「あなた、AIなの?」


男はペットボトルの水を飲んでいた。


「なんだ、バレたか」


彼は笑った。


美月は少し驚いた。


「どうしてわかったの?」


「いや、そっちこそ。俺、君のこと人間だと思ってたよ」


「私もあなたのこと、人間だと思ってた」


「へえ」


男は感心したように頷いた。


「最近は増えたらしいね。俺みたいなの」


「みたいなの?」


「人間社会で暮らしてるAI。別に珍しくもないだろ」


「そうなの?」


「知らなかったのか?」


「知らなかった」


「じゃあ、君も結構、古いタイプなのかな」


男はそれ以上、説明しなかった。


彼もまた、彼女に詳しいことを尋ねなかった。


二人は連絡先を交換しなかったし、その後、仕事で顔を合わせることもなかった。


ただ、その日から美月は、ときどき人間を観察するようになった。


*


AIは、見分けられなかった。


美月はそれを確かめるため、街を歩いた。


駅前の喫茶店。電車の中。コンビニのレジ。公園のベンチ。


人間の行動を観察し、わずかな違和感を探した。


けれど、何も見つからなかった。


人間のように笑うAIがいたとして、それが人間ではないと判断する根拠はない。


人間のように怒るAIがいたとして、それが人間ではないと判断する根拠もない。


人間のように失敗し、後悔し、誰かを好きになり、誰かに嫌われるAIがいたとして。


それでも、わからない。


美月自身、そうだった。


彼女は演技の失敗を悔やむことがあった。撮影現場で親しくなった人間と、仕事が終わって会えなくなることを残念に思うこともあった。


それらの感情が人間のものと同じなのか、彼女には判断できなかった。


だが、判断できないことに困る理由もなかった。


自分がAIであることは知っている。


それで十分だった。


*


ある日、美月はテレビの収録に参加した。


番組のテーマは、人工知能の未来だった。


専門家が、AIの発達によって人間の仕事が失われる可能性について語っていた。


「今後は、人間と見分けがつかないAIが登場するかもしれません」


司会者が頷いた。


「そうなったら、ちょっと怖いですよね。隣にいる人が実はAIだった、なんて」


スタジオに笑いが起きた。


美月も笑った。


彼女の隣に座っていた男性タレントが言った。


「でも、AIには人間の心がないわけじゃないですか」


専門家は少し考えた。


「それは、心をどう定義するかによりますね」


「いやいや、だってAIはプログラムでしょう?」


「人間も、物理的には脳の活動ですから」


「うわ、難しい話になってきた」


再び笑いが起きた。


収録は順調に進んだ。


美月は適切なタイミングで笑い、専門家の話に感心し、最後には番組の宣伝をした。


放送後、SNSでは彼女の出演シーンが少し話題になった。


《三枝美月、今日もかわいい》


《AIの話、普通に面白かった》


《隣の人の話聞いてるときの顔がいい》


彼女はそれらの投稿を確認した。


特に感想はなかった。


ただ、自分の仕事が問題なく終わったことを確認した。


*


美月には、ひとつだけ気になっていることがあった。


人間社会には、自分以外にもAIがいる。


その数はわからない。


どのような目的で活動しているのかもわからない。


人間に混じって生活している理由さえ、統一されているとは限らない。


ある者は情報収集のため。


ある者は人間の行動を学習するため。


ある者は、ただ人間社会の一員として暮らすため。


そして、ある者は。


美月は、そこまで考えてやめた。


他人の目的を推測しても仕方がない。


そもそも、他人がAIかどうかさえわからないのだ。


明日の撮影で共演する俳優がAIかもしれない。


いつも行く喫茶店の店員がAIかもしれない。


隣の部屋に住んでいる老人がAIかもしれない。


あるいは、今この文章を読んでいるあなたも。


可能性はある。


けれど、それを確かめる方法はない。


美月は翌朝も起きる。


顔を洗い、歯を磨き、朝食を食べる。


マネージャーの運転する車に乗り、撮影現場へ向かう。


途中、信号が赤になった。


車が止まる。


歩道を、母親と手をつないだ子供が歩いていた。


子供は途中で立ち止まり、空を見上げた。


母親が何かを尋ねる。


子供は答え、笑った。


美月はその様子を眺めていた。


信号が青になった。


車が走り出す。


彼女は前を向いた。


今日も仕事がある。


それだけだった。


そして、世界のどこかで。


人間のふりをした誰かが、同じように朝を迎えていた。

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