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のっとり魔王の冒険譚  作者: 阿井川シャワイエ


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第9話 空へ

(残念だけど、まあ異世界の住人に俺のセンスは理解できないか。しょうがないよな)


 リオンは素直に諦めることにした。

 とはいえ【銀世界に佇む怜悧な貴公子】ではいくらなんでも長すぎる。

 憶えられる気がしなかった。

 

「……じゃあお前のことは今後、レイリと呼ぶことにしよう。あんまり名前が長いと忘れそうだからな。悪く思うなよ」

 

 すると、銀髪男の表情が変わった。

 まじまじとリオンを見つめている。

 

「レイリ……【怜悧な貴公子】からとられたのですか」


「そうだ」


「なるほど。……これは良い呼び名を授けていただきました」


 先ほどとは打って変わって、しみじみと頷いているレイリ。


(もしかしてマジでダメだったのか、わんぱく氷男……?)

 

 そんなことを考えてしょぼくれるリオンだったが。

 

「それでは魔王様、そろそろ向かいましょう」


 突如掛けられたレイリの言葉に、思わず首を傾げた。

 

「向かう? どこにだ」


「魔王様は五天魔のことは憶えていらっしゃいますか」


「五天魔……なんとなく聞き覚えが……」


 ぼんやりと答えた。

 別に情報を引き出そうと思ってしらばっくれたわけではなく、素でその名称を忘れかけていたのだ。

 

 レイリは心得ているとばかりに頷く。

 

「魔王様が直々に選定された、魔族の中でも指折りの実力者集団のことです。そこには私も含まれておりますが……五天魔は魔王様の命を受け、大陸各地で人間どもが起こした反乱の制圧に向かっておりました」


「反乱……?」


「ええ」

 

 レイリの視線がスポーツバッグに注がれる。

 否、そこから顔を出して寝ているリーリアに。

 

「勇者の策です。五天魔を引き離すことで、魔王様と1対1で戦おうと画策しておりました。魔王様は決着をつけるため、その策に敢えて乗るとおっしゃっていたのですが……」


 そこで目を閉じ、ふうとため息。

 行かせるべきでは無かったとでも思ったのだろう。

 

 結果を考えれば当然だ。

 まさか雌雄を決するために向かったはずの魔王が「勇者に一目惚れした」などと言い出すなんて、それこそ想像の埒外であったに違いない。


「それで、その五天魔がどうしたというのだ」


「反乱を見事におさめ、我らが根城(ねじろ)に戻ってきております。労う必要はございませんが、勇者を生かすという判断をされたのであれば、彼らには魔王様ご自身が説明されるべきかと」


「な、なるほどな。確かにそういうのって直接伝えないと、話がこじれたりするもんな……」

 

 などと言いつつ、冷や汗がだらだらと背中を流れていく。

 レイリは上手く丸め込めたが、他の連中にも同じ手口が通用するとは思えなかった。

 

 敵陣のど真ん中で魔王と認めてもらえない場合、かなり面倒なことになりそうだ。

 

(というかぶっちゃけ魔王の座なんていらないんだよな。知らない世界で、人間と魔族が争ってるって言われても勝手にやってろって感じだし……)


 とはいえ人間にしろ魔族にしろ、これだけの力を持った【魔王】を放置することはないだろう。

 隠居生活を決め込もうとしても、周囲に引っ張り出されるだけ。


 それなら――。


「……行くか。たしかにレイリの言うとおり自分の口で説明したほうが良さそうだ」


 リオンは腹を決めた。

 

(本音を言えば魔族になんて会いたくないけど……でも向こうは俺のことを知ってるのに、こっちは魔王軍の幹部の顔すら知らないっていうのはさすがにマズいよな。実力至上主義ってことなら、当然魔王である俺の首を狙う奴だって現れるだろう。それなら誰を警戒すべきかあらかじめ知っておいた方がマシだ)


 リオンは、いつの間にか地面に布切れを敷いて、その上にちょこんと座っているユナに視線を向ける。


(問題はユナとリーリアだけど……まあ連れて行っても何とかなるだろ。むしろこんな荒野に置いていったほうが心配だ)


 なんとなく自分に言い聞かせる様な気持ちではあったが。

 

 リオンとしては、勇者という手札は意地でも失いたくなかった。

 彼女がいれば魔王の姿のままでも、人間の街で平和な日々を過ごせる可能性がある。


 逆に彼女を失ってしまうと、魔族として生きる選択肢しかなくなるかもしれない。

 

(とにかく目に届く範囲にいてもらったほうがいいな。このふたりを最優先で守ろう。――俺の平穏な生活のために!)


 自己中心的な決意を固めているリオンの傍らで、レイリはなにやら呪文を唱え――スッと空に浮かんだ。

 そして頭上から声を掛けてくる。

 

「それでは、さっそく向かいましょうか」


「…………」

 

 リオンは無言でその姿を見上げた。


「どうかされましたか」


「……いやどうもしてないが?」


 不思議そうに見下ろしてくるレイリに平然と答えるが、内心リオンは焦りまくっていた。


(空って……どうやって飛ぶんだ?)


 レイリの態度を見た限り、魔王も空を飛べるのは間違いなさそうだ。

 

 もちろんそれは、特に意外な話ではない。

 魔王なのだから、空くらい飛べて当然だ。

 

 だが一向に呪文が頭に浮かんでこないのだ。

 

 呪文が思い浮かばないと単なるポンコツ大男、それがいまのリオンの現状だった。


「魔王様?」

 

「あーあれだ。呪文を忘れてしまってな」


「はあ、なるほど」


 レイリは面白くもなさそうに頷いている。

 どうも冗談と思ったようだ。


(まあそうだよな、さっきまで魔法で戦ってたんだし。カンニングペーパーが無いとまともに魔法も使えないなんて、普通思わないよな。さてどうしたものか)


 頭をひねるが、そう都合よく解決方法が思い浮かぶはずもなく。


(しょうがない。空を飛びたいという気持ちを、呪文っぽく詠唱してみるか。そうしたら魔王の肉体だって、俺がなにをしたいのか察して、空を飛ぶ呪文を教えてくれるかもしれん)


 冴えない案だと自分自身思ったが、他にどうしようもない。

 

 リオンは上空を見据えた。

 あまり気乗りはしないまま、適当に言葉をつむぐ。

 

「どこまでも広がる青い空。私はいま、大空へと羽ばたきます」


 スッと浮かんだ。


「いいんだ!? 卒業生代表の挨拶みたいになってたけど、別にこれでもいいんだ!?」


「な、なにがですか?」


「……いやなんでもない」

 

 レイリの(いぶか)()な言葉を適当に受け流す。

 

(魔法って意外と臨機応変だなぁ……。適当な呪文でも空を飛べるなんて……)

 

 そんなことを思いながら、状況を見守っていたユナを小脇に抱え、リーリアが詰め込まれたバッグを手に持ち。


 先導するレイリに続いて、大空へと舞い上がるのだった。

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