第8話 暗黒の大剣
リオンは脳裏に浮かぶ文字列を素早く読み取り、そしてすぐさま口に出す。
「闇より生まれし暗黒の剣よ! 望むがままに命を喰らえ!」
直後、どこからともなく現れた黒い大剣が、ズサンッと銀髪男の胴体を正面からつらぬいた。
「ぐっ!?」
その場に縫い付けられたように銀髪男は身動き一つしない。
否、できないのだ。
彼がまとっていた凄まじいほどの冷気は、早くも霧散していた。
パラパラと冷気のなごりが音を立てて散っていくなか、漆黒の大剣は徐々に赤く染まっていく。
(血? いや違う。生命エネルギーを吸い取ってるんだ……)
やがて深紅に染め上げられた大剣は、ズズズとゆっくり銀髪男の身体から抜けていき。
そして剣が抜けきると、男の身体はぐらりと傾き、その場にあおむけに倒れこむ。
(……魔王軍幹部を一撃っていくらなんでも強すぎるだろ、この魔法……)
「…………」
銀髪男に近寄ると、虚ろな目で空を見上げていた。
死んではいない様だが、ピクリともしない。
意識があるのかさえ怪しい。
リオンは空中に浮かんでいる剣に視線を向けた。
(たぶんこの剣がエネルギーを吸い取って、仮死状態にしたんだな。逆に言えばこの剣のエネルギーを戻せば、こいつは復活するんだろうが……)
銀髪男を生かすか殺すか。
それは難題だった。
本音を言えば生かしておきたい。
魔王軍に関する情報を持っているはずのこの男を味方にできるのなら、それに越したことはないからだ。
だが、先ほどの激昂具合を見るとそれは難しいようにも思えた。
(……まあいい、味方にできないとしてもとりあえず復活はさせとくか。魔王軍の情報は、絞れるだけ絞っておきたいもんな。逆らったらまたこの技を使えばいいだけだから、リスクも低いし)
軽く考えながら剣を手に取る。
そして倒れ伏している銀髪男の前に立ち――首を傾げた。
(でもこれ、どうやってエネルギーを戻したらいいんだ?)
エネルギーを吸収するときは呪文が勝手に思い浮かんできたが、今回はそんな様子がない。
(たぶん剣をもう一回刺したら、吸収したエネルギーが自動的に戻るだろうとは思うけど……)
絶対にそうだという確信までは、さすがに持てなかった。
もし勘違いだった場合、刃で身体を串刺しにされたこの銀髪男を待ち受けているのは無常なる死だ。
そしてその運命を与えるのはリオンということになる。
(うーむ……)
魔族と言えど、見た目は人間と大差なかった。
人の形をした生き物に止めを刺すことになるかもしれない。
その可能性がリオンの手を押しとどめた。
とはいえこのまま放置すれば、それこそ死ぬだけだろう。
「……えーい、イチかバチかだ!」
リオンは覚悟を決めて剣を強く握ると、大声で気合を入れてから、ズサッと男の胴に突き刺す。
「…………」
静寂があたりを包む。
薄目で状況を見守っていると――ぽわっと剣に光が灯った。
「おっ、きたきた」
リオンはホッと息を吐き、剣を握る手の力を弱めた。
剣を染め上げていた赤色は徐々に薄まり、代わりに男の身体が赤く光っていく。
そして1分も経たないうちに、大剣は漆黒の輝きを取り戻していた。
「……ん」
銀髪男の身体からも光が消えていく。
だんだんと目の焦点があってきたようだ。
警戒しつつ、リオンは血色の戻った男の顔をのぞきこむ。
「俺様が助けてやったのだ。感謝しろ」
即座に投げつける恩着せがましい言葉。
それが耳に届いたのか、銀髪男は視線を動かし、不思議そうにリオンを見つめた。
「なぜ……?」
かすれた声に、怒りの兆候はない。
リオンはやや安堵しつつ、男を安心させるために深く頷いてみせる。
「すでに説明しただろう? 俺様は大切な右腕をこんなことで失う気は無い。これからも貴様に働いてもらわなければ困るのだから、助けるのは当然だ」
「……なるほど。そうですか……」
そういって男は深く息を吐く。
突き刺すような敵対心は完全に消えていた。
繰り返されるリオンの言葉が、彼の心の氷を溶かしたのかもしれない。
(もしかしてこれ、味方ルートに入ったか? よしよし……)
内心大喜びするリオン。
銀髪男はゆっくりと上半身を起こすと、髪をかきあげながらそんなリオンをジト目で見る。
「ちなみに助けてくださる寸前、『えーいイチかバチかだ』という声が聞こえてきましたが」
「聞き間違いだな!」
リオンは堂々と主張した。
「意識がもうろうとしているとよくあるんだ。まったく、夢と現実をごっちゃにしてはいかんぞ」
そんな忠告をする余裕すらあった。
とはいえ問題はここから。
この男を助けたのは、あわよくば味方になって欲しいから。
そのあたりの言質をはっきりとらなければならない。
「それで貴様はどうする。記憶を失った俺様のことは、魔王として認められないか?」
「……いえ」
男は首を左右に振り。そしてリオンをまっすぐ見つめた。
「実力で完膚なきまでに叩きのめされた以上、否はございません。お望みとあらば、喜んでお仕えいたしましょう」
「うむうむ、もちろん望むに決まっている。……俺様と勇者の関係についても、反対しないということでいいんだな?」
「ええ。すべては御心のままに」
銀髪男はそう言ってからあらためて地面に片膝をつくと、リオンに向けて深く頭を下げた。
「貴方様に忠誠を誓います」
「ああ。とくと励め」
リオンは鷹揚に頷きを返す。
その心は、安堵に包まれていた。
(よかった。魔王軍の幹部襲来なんて一般人なら即死しかねない凶悪イベントだけど、普通に切り抜けられたぞ。しかもこっちの要求を呑ませることもできた。なんだかんだで魔王の身体に俺の魂を入れてくれたあいつらに、感謝したほうがいいのかもしれんな)
「よし、ではさっそくだが……あー……」
魔王軍の情報を少しでも聞き出そうとするリオン。
だがその前に、この男の名前すら知らないことに気付いた。
さすがにこのままでは不便だ。
「そういえば俺は記憶喪失ゆえに、いろいろと大切な情報を忘れてしまっていてな。お前の名前はなんだったか」
「名前ですか? 恐れながら、我ら魔族に人間どものような固有名はありません。ですが魔王様がつけてくださった二つ名であればございます」
「二つ名? そうか、どんなものだ?」
「【銀世界に佇む怜悧な貴公子】です」
「……ん? すまん、よく聞き取れなかった。もう一回いいか」
「【銀世界に佇む怜悧な貴公子】です」
さらりと返してくるが。
(銀世界に佇む……怜悧な……貴公子ぃ……?)
「くそだせえな」
「くそだせえ?」
思わず口から漏れた言葉を聞き返され、リオンはハッとした。
(しまった、素直な感想が口に出ちゃってる! せっかく良い感じになったのに、これじゃあ喧嘩を売ってるようなものじゃねーか!)
慌てるリオン。
だが彼が言い訳するより早く、銀髪男は神妙な面持ちで言葉を続ける。
「たしかに私もかねてより、くそだせえと思ってはおりましたが――」
「思ってたんだ」
「思ってはおりましたが、魔王様より賜りし二つ名ゆえ、ありがたく頂戴しておりました。しかし、まさかくそだせえと魔王様ご自身が思われていたとは……」
銀髪男の表情が暗くなった。
どうも彼なりに魔王への敬意を持っていたらしい。
さすがのリオンも、これにはフォローを入れざるをえない。
「いや、あれだ。当時はもちろん素晴らしい名前だと思ってつけたはずだ。俺様ってそういうところでは手を抜かねーし。でも、感性って日々成長するわけじゃん? 成長著しい今の俺様的には、その名前を聞いてくそだせえなってついつい思っちゃうわけよ」
無茶な言い訳だったが、銀髪男の表情が多少明るくなる。
意外と単純なところがあるようだ。
「なるほど。成長ゆえのくそだせえ発言と」
「そうそう。そういうことなわけ」
なんとか納得してもらえたらしい。
内心ホッとしつつ答えると――。
「では魔王様。成長した今のあなた様の素晴らしい感性で、あらためて私に二つ名を授けてくださらないでしょうか」
「うぅん!? お、おう。もちろん、もちろん……」
予想外の角度からカウンターが入り焦るリオンだったが、すぐに思い直す。
(いやでも考えてみれば余裕じゃん。あんなわけのわからん厨二センスに負けるはずが無いって。俺は小学生の時クラスメイト全員にあだ名をつけて、なおかつそれを浸透させた男だぞ)
それはリオンにとって数少ない栄光の記憶だった。
(そもそも相手に名前をつけるときには押さえておくべきポイントってものがあるのに、前の魔王ときたらそんなことさえ分かってないし。どう考えても楽勝だって)
もちろん二つ名とあだ名では、勝手が違う部分はあるだろう。
とはいえ魔族に本名が無いのであれば、自然と二つ名には簡易的な名前としての役割が求められるはず。
そうなると大事なのは、まず短さ。
はっきり言って長々としている時点でセンスが無い。
呼び名である以上は短さこそが大前提。
そのうえで相手の特徴を端的に捉える必要がある。
それを聞けば誰もが「ああ、あの人か」と思える、そんな名前でなければならないのだ。
リオンはあらためて銀髪の男を見返した。
(こいつの場合は……そうだな、まず氷の技を使うっていう特徴は欠かせないよな。見た目も冷静沈着なクールタイプ。でも内面的にはただ冷たいだけじゃなく、凍てついた中にも熱い心があって……あと戦闘が得意なのも外せん。決して頭脳だけではない、文武両道を体現したような男。そういったこいつ特有の要素を端的、かつセンス良く切り取っていけば……)
「よし」
ようやく考えがまとまったリオンは、すっと顔を上げた。
そして自信満々に告げる。
「【わんぱく氷男】とか、どうだろう?」
「……わん……ぱく……」
銀髪男はそれまで見せたことが無いほど露骨に狼狽え、その後もしばし逡巡。
「…………」
「どうだ? いい名だとは思わんか。わんぱく氷男」
「…………」
問い掛けにも動揺の反応を見せていたが。
やがて目をそらしつぶやく。
「……銀世界に佇む怜悧な貴公子のままでいかせていただきます」
「そうか……」




