第6話 スポーツバッグ
この世界において、使い魔という単語がどのような意味を持つのか実のところよく分かってはいない。
それでもその言葉が放つ不穏さは、リオンにもひしひしと伝わってきた。
少なくとも【ご主人様】という呼び名に相応しい関係性ができてしまったことは間違いないのだろう。
(なるほど、勇者が焦るわけだ。とはいえあの状況じゃあ他にどうしようもなかったし……)
「……ご、ごめんな?」
おそるおそる謝罪の言葉を口にするリオン。
だがユナは気にした様子もなく首を左右にふる。
「いえ、謝る必要はありません。通常の主従契約とは違って、ユナ自身の意思はきちんと残っていますし、心を縛るものもないようです。恐らく、ご主人さまが特に命令を設定しないまま契約したからかと」
「そ、そうか? 問題がないのなら別にいいんだが……」
気休めの言葉にも思えたが、それでもホッと胸をなでおろし。
「……なんか身体に異常があったらすぐ言えよ?」
念のため伝えると、やたらと心配そうなリオンが面白かったのか、ユナは軽く笑いながら素直に頷いている。
「はい、そうします」
そして話をそらすかのように、周囲に目を向けた。
「ここにいても砂が口にはいってジャリジャリするだけですし、街に移動しましょうか。ご主人さまもきちんとした宿泊施設で休みたいですよね?」
「お。おお。そうだな。確かに疲れたし、それがいいそれがいい」
慌てて同意しつつ、リオンはある問題に気付いた。
「あっ、ちなみに俺、現金の持ち合わせがないんだが……」
「だいじょうぶです」
ユナは、こんな騒ぎにも関わらずスヤスヤ寝ているリーリアに視線を落とす。
「お金ならリーリア姉さまが持ってると思います。緊急事態ですし、借りることにしましょう」
「……だな。悪いけど、そうさせてもらうか」
本人の意識が無い時に借りるのは気が引けるが、右も左も分からない異世界で野宿は御免だった。
(お金は後で返そう。魔王ともなれば魔力だって普通の人間より多いだろうし、働き口だってすぐに見つかるさ。まあ魔王を働かせてくれるところがあるのかは知らんが……いや、というより……)
不安を覚え、リオンは少女に尋ねる。
「……そもそもの疑問なんだが。街っていうのは、人間が暮らす街のことだよな? そんなところに魔王がいきなり訪ねても大丈夫か? 『魔王が襲撃してきたぞ! 皆の者、迎撃の準備じゃ!』みたいな感じになっちゃわない?」
「なっちゃわないです、だいじょうぶですよ」
焦るリオンとは違い、ユナは落ち着いていた。
「そもそも魔王の姿なんて一般的には知られていませんし、ユナもこういう形で直接会ったから認識できてるだけで、街ですれ違っても大きな男の人だなぁとしか思わないです。もし宿屋の店主さんに怪しまれても、何か言われる前に落ち着いて『一泊させてください』と伝えれば大丈夫だと思います。魔族は基本的に荒っぽくて、話し方ですぐ見分けがつくと聞いたことがあるので」
「ふむ。礼儀正しく振る舞えば魔族と思われることは無いってことか」
実際、魔族といえど角が生えているわけでもないし、見た目で判断するのは難しいのだろう。
リオンはホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあさっそく移動するかね。よっこいせっと」
リーリアを肩に担ぎ、位置を調整しつつ。
――ふと思う。
彼女は見た目より軽く、担いでも大した負担にはならない。
このまま何十キロメートルでも移動できそうだ。
だから重さ的には問題はないが……。
……見た目的にはどうだろう?
黒いローブをまとった怪しげな大男が、衣服がボロボロになった意識不明の美少女を肩に担いで宿屋に連れ込む。
それは犯罪行為を疑われてもおかしくないような、異常な光景のように思えた。
「なあ、ユナ。何度も確認して悪いんだけど、このまま宿屋に乗り込んでもセーフかな? うら若き女性を担いで運ぶ、山賊スタイルのまま平身低頭に振舞う大男って、かえって宿屋の人に恐怖を与えたりしない? サイコパス味でない?」
「サイコパスというのはよく分かりませんが……」
ユナはリオンの姿をしげしげと眺め、眉をひそめた。
「……たしかにこれは、勇者を叩きのめした凶悪な魔族に見えるかもしれないです。リーリア姉さまは勇者としての知名度が高いですし、魔王討伐に向かったことは街の人たちも知ってるはずなので……意識がない状態のままだとちょっと……」
「や、やっぱ疑われちゃう? 丁寧にいっても無理?」
「魔王の姿はあまり知られていませんが、ご主人さまはあからさまに人相が悪いので……この格好だとさすがに凶悪な魔族扱いされる可能性は否定できないかもです……」
「だよなあ……」
一つ一つの要素はセーフでも、ここまで組み合わさるとさすがにマズい。
それこそ勇者を崇拝する怒り狂った街の人たちに追い回され、宿屋どころか街から追放されてもおかしくない。
とりあえずリーリアを地面におろしどうしたものかと首をひねるリオンに、ユナは頷いてみせた。
「ですがご安心ください。優秀な使い魔であるユナは、ご主人さまのために素晴らしい方法を思いつきました」
「素晴らしい方法?」
「はい」
ユナはどこからともなく横長で大きなスポーツバッグを取り出すと、トンと地面に置いた。
「この巨大な入れ物の中にリーリア姉さまの身体を詰め込みましょう。宿屋には、リーリア姉さまの存在を告げずに宿泊するんです。ご主人様とユナのふたりだけなら、親子連れの雰囲気が出てうまく誤魔化せるかと」
「ん……」
せっかくの提案だし、一応考慮してみたが。
リオンはすぐに首を横に振った。
「いやさすがにそれはまずいだろう。宿代はどうするんだ。2人分しか払わないってわけにもいかないし、かといって『3人です。もうひとりはバッグの中にいます』なんていったらそれこそ騒ぎになっちまう」
「言う必要はないです。2人で泊まりますと伝えて、リーリア姉さまのことは黙ってれば問題なしです」
「いやいやいや。問題しかねーだろそんなもん。どう考えても犯罪だぞ」
軽く拒否するが、ユナは自信ありげにまっすぐ見つめてくる。
「ご主人様。大事の前の小事といいます。ここは覚悟を決めて、宿代をちょろまかすくらいの犯罪は気軽にやっちゃいましょう」
「まじかよ……」
どうやらユナは本気のようだ。
リオンはこの世界には不慣れだし、基本的には現地の人間の指示に従うべきだとは思っていたが、さすがにこれは素直に頷けなかった。
ユナも自覚はあるようだが、代金を踏み倒すのは明らかに犯罪なのだ。
たしかにスポーツバッグの中に人間が入っているなんて誰も思わないだろうし、バレる可能性は低いかもしれない。
しかしバレるバレないにかかわらず、法を犯すのはなんだか気が進まなかった。
リオンはため息まじりに告げる。
「やっぱり、この子――リーリアが起きるまで待とうぜ。知名度のある勇者に、危険な魔族ではないって保証してもらうのが一番安全だと思う。しばらくお世話になるかもしれない街の人たちと変に揉めたりしたくないし――」
「うんしょ、うんしょ」
「ん? なにやってんだ?」
ユナはいつのまにかこちらに背を向けた状態でその場にしゃがみ込み、スポーツバッグ相手になにやらもぞもぞとやっていた。
リオンはそっと背後からのぞき込む。
すると彼の視界に飛び込んできたのは――バッグの中にずんずん押し込まれていく、眠りこけたリーリアの姿。
「さっそく詰めこんでる! っていうかねじこんでる! なにやってんの!?」
慌てて止めに入ると、ユナはスポーツバッグにリーリアの頭を押し込みながらこちらを振り返り、可愛らしくニコリと笑った。
「子どもってちょっと目を離すと、とんでもないことをしでかすから困っちゃいますよね」
「なにを他人事のように! 君だよ! まさに君がそのとんでもないことをやらかしてんだよ! いいから早く、お姉さんをバッグから出しなさい! 宿屋の人にバレたらアウトなんだって!」
「そうですね、でも――」
彼女はグッと親指を立てた。
「ばれなければセーフです」
「かもしれんが……! なんでそんなキラキラした瞳で犯罪行為を唆せるんだ君は! いくらなんでも遵法意識が希薄すぎる! 親御さんはどんな教育をしてきたんだ!」
そう叫ぶと少女の顔が露骨に曇る。
それを見てリオンは慌てた。
「あっ、いや、ごめんな。別にユナのご家庭の教育方針を馬鹿にするつもりはなかったんだ。俺は口げんかになると相手の精神面を攻撃しだす卑怯なタイプで……さすがに言いすぎたよ。本当にごめん」
けれどユナはリオンを見ていない。
眩しいほどに陽が差す空をぼんやりと見上げている。
そしてぽつりとつぶやいた。
「五天魔が来るようです」
「ゴテンマ? ゴテンマって……」
「魔王軍の幹部です。強大な気配を放つ魂が1体、高速でこちらに近づくのを感じます」
(魔王軍……ああ、そういえばこの異世界は、魔法を使う連中の争いが激化してるとか何とか。きっと魔王軍と人類とが覇権争いをしているんだろう。んで、その魔王軍の幹部級に強いやつがこっちに接近していると)
つらつらと考えてから、リオンはユナと同じように空を見上げ。
そして思う。
(……ヤバくね?)




