第5話 ご主人様
(あれ、こんな場所にふたりでいるからてっきり恋人だと思ったんだが……もしかして戦闘パーティを組んでただけ……?)
予想外の反応が返ってきたことに内心冷や汗をかきながら、リオンはさらに問いを重ねる。
「ち、違ったか?」
「違うというか……」
困惑した様子の彼女の視線は、リオンの背後に向かった。
そこにいるのは穏やかな寝顔で横たわる幼い少女。
それを見た途端に女性の瞳から光が消え、なにかを諦めたようにつぶやく。
「……そうです……恋人です……」
「そうだろう。まったく、あまり俺を驚かせるな」
リオンはさりげなく冷や汗をぬぐった。
なぜか綱渡りのような緊迫感が出てしまったが、ふたりが恋人という予測は当たっていたらしい。
女性は薄汚れた格好をしているにもかかわらず圧倒されてしまうほどの美人で、そんな彼女と恋人という状況は本来であればリオンだって喜んだかもしれない。
ただ――。
(俺、その恋人の身体を乗っ取ってるんだよなぁ……)
冷静になればなるほど、はしゃいだ気分が消え失せていく。
と。
「…………っ」
風に押されるように、女性の身体がふらりと揺れた。
「え、おい……だ、だいじょうぶか!?」
そしてそのままリオンにもたれかかるように倒れ込んでくる。
顔を覗き込むが、意識が無いようだ。
「ちょ、あの……だ、大丈夫ですかー!? 俺の声が聞こえてますかー!?」
軽く身体を揺すりつつ耳元で必死に呼び掛けるが、赤髪の女性が目を覚ます気配はない。
「うわ、これ救急車……いや、それは無理だ、えっと人工呼吸? 心肺マッサージ? と、とにかく横になってもらって――」
「……過労だと思います、ご主人さま」
「うお!?」
すぐ背後から聞こえてきた声に、リオンは思わず叫んだ。
振り返るとそこには、妙にぼんやりとした表情の少女。
ユナと呼ばれていた子どもだ。
目が合うと、彼女はぺこりと頭を下げた。
青みを帯びた黒髪が風に揺れている。
「助けていただきありがとうございました」
「ああいや、それはいいんだが……過労?」
少女はその場でしゃがみこむと、いまなおリオンにもたれかかっている女性の赤髪をかきあげ、その閉じられた目をジッと眺めた。
「おそらく極度の疲労により、意識を失っただけかと」
「よく分からんが……命に別状は無いってことか?」
「はい。致命的なケガはないみたいですし、それになにより……寝息が聞こえてますから」
「え?」
慌てて耳を澄ます。
するとたしかに風音に紛れて、すーすーと規則正しい寝息が聞こえてきた。
「くっそーマジかよ。焦ったぁ~」
思わずその場でぐったりとへたり込み――女性の身体が地面に倒れ込みそうになったので慌てて支えなおす。
少女はそれを見て、くすりと笑った。
「リーリア姉さまは魔王を倒すために旅立った勇者なんです。このくらいのことで死んだりなんてしません」
「魔王? 勇者?」
それを聞いて、リオンは思い出す。
ベルと名乗るピンク髪の少女もたしかにそんな話をしていた。
(ろくでもない魔王がいて、世界を荒らしまわっているとかなんとか……なるほど、たしかにそんなファンタジー世界なら勇者がいてもおかしくないか。勇者リーリア。女性っていうのはちょっと意外だけど、まあありがちといえばありがちか。しかしそうなると……)
「もしかして魔王のいる魔王城的な場所って、ここから近いのか?」
「はい? 近いというか……魔王ならすぐそこにいます」
「え!? ど、どこだよ」
慌てて周囲を見回す。
するとユナは無言でピッと指をさした。
その指先はリオンに向けられていて。
「……えっと」
とりあえず後ろを向いても、そこにはなにもなく。
視線を戻すとやはり、彼を指さす少女がいる。
それを見てリオンは叫んだ。
「俺が魔王かよちくしょおおおお! どんだけミスを重ねれば気が済むんだよあいつらあああああ!」
「……どういう意味ですか……?」
「あっ……」
リオンは不思議そうな少女の表情を見つめながら、必死に頭を回転させる。
(どうする? さすがに全部説明しても納得してもらえないよな? いやでもどうだろう、魔王なんてものが存在するこの世界では転生者も日常的にやってきてたりするかも……っていうか俺が魔王の身体を乗っ取ったってことは、この世界の脅威は消えたのか? むしろミスじゃなくて、ファインプレーだったりする? いやいや待て待て、そもそも勇者と魔王が恋人ってなんだ? DV彼氏とかそんなレベルじゃねえじゃん。ああいや、今はそんなことどうでもよくて――くそっ、焦ってるせいか考えがぜんぜんまとまらねえ!)
「……?」
なおも見つめてくるつぶらな瞳に追い詰められるように、リオンは口を開く。
「じ、実は……記憶を失ってしまってな! 今の俺は何も分からんのだ!」
思わず口をついたのは、その場しのぎの誤魔化し。
ただ、必ずしも悪くは無いと思い直す。
むしろ細かい説明を省ける最強の言葉かもしれない。
今のリオンは、とにかく状況を整理する時間が欲しかった。
「記憶を失った……?」
「そ、そうだ。その……キミの言うとおりかつての俺は魔王だったかもしれんが、しかし今の俺は何も覚えていない! 平和を愛するごく普通の男に過ぎん! 恐らく勇者のすっごく強い一撃を受けて、すべての記憶が吹き飛んだんだろうな!」
「なるほど。まあ、それはそれでいいです」
納得したのかしていないのか、少女はあっさりしたものだ。
なんとなく、そもそも興味が無さそうにも見えたが。
「それよりご主人さま。ユナのことはキミではなく、ユナとお呼びください」
「ユナ?」
「はい。それがユナの名前ですから」
「まあそうなんだろうけど……」
連呼してくるのだから疑う余地はなかった。
そしてだからこそ、違う疑問が思い浮かぶ。
「……ところでさ。ユナはなんでさっきから俺のことを、ご主人さまって呼ぶんだ?」
「ユナとご主人さまのあいだで、主従契約が結ばれましたので」
「主従契約?」
(勇者が言ってた下僕がどうとかいうあれか? ……あれ、でもその話をしたときは、この子の意識はなかったような……)
よく分からないまリオンは首を左右に振った。
「ユナを助けたことなら、別に恩に着る必要はないさ。困ったときはお互い様っていうしな」
「そういうわけにはいきません」
少女は神妙な顔つきでつぶやくと、自身の青みを帯びた黒い髪を示す。
「もともとユナは、リーリア姉さまと同じ赤い髪色でした。でも今はご主人さまと同じ黒い色になっています。これは魂同士が結びつく主従契約が成立した証。ユナはご主人さまの正式な使い魔になったんです」
「……使い魔!?」




