第4話 暗黒魔法
(まじで何考えてんだあいつら!)
リオンは取り返しのつかない事態に内心慌てつつも、ひとまず状況を見定めようと女性の様子を改めてうかがう。
(たぶんこの女の人は戦士……だよな? 剣持ってるし。でも俺のほうは武器は持って無さそうだ。黒いローブを着ているところを見ると魔法職か?)
冷静になって観察を始めると、多少は状況がみえてきた。
(きっと恋人同士で狩りにでも来たんだろうな。そこを強い獣かなにかに襲われて、なんとか撃退したタイミングで俺が男の身体を乗っ取ったと)
場所は荒野で、見渡す限り建築物の姿はない。
ただ、互いの荷物が極端に少ないところを見ると、おそらく近くに野営地かなにかがあるはずだ。
(……いやでも魔法が使えるんだったら、荷物が多かろうと少なかろうと関係ないのか? 収納魔法とかありそうなもんだし、野営地が近いというのは早計かも……ん?)
視線を彷徨わせるうちに、元々自分が立っていたあたりに血だまりがあることに気付く。
かなりの大きさだ。
急いで近寄ってしゃがみ込む。
(血の量がかなり多いな。しかもまだ真新しい……)
注視していると血だまりの中心部がほのかに輝き。
やがてそこから、拳ほどの大きさの青白いなにかがふよふよと浮かんできた。
それがなにかはすぐに分かった。
魂だ。幼い少女の魂。
そしてその魂を出迎えるように、天から黒いモヤがまるでベールのようにふわふわと舞い降りてくる。
それは神秘的な光景といえなくもない。
ただリオンはなにか不穏なものを感じていた。
(あれはいったい……)
胸がざわめくが、その場からさがり静かに状況を見守る。
黒いモヤは地上付近にまで降り立つと、怯えたようにその場で縮こまる青白い魂を取り囲んでいく。
リオンはそれをぼんやり眺め――ハッとした。
(もしかして、この黒いモヤが死神か!? 子どもの魂を地獄に連れ去ろうとしてる!?)
確信はなかったものの、リオンは即座に行動に移った。
「散れっ、クズどもがっ!」
大声で叫びつつ、腕をぶんぶん振り回して黒いモヤを全力で追い払いにかかる。
彼は今、酷い目に遭わされる魂にやたらと優しくなっていたのだ。
見ず知らずの少女といえど、地獄に連れ去られるかもしれないのだから黙っていられるはずが無い。
もちろん実体が無さそうなモヤ相手に手を振り回したのは単なる威嚇……のつもりだったが思いのほか効果があったようで、黒いモヤの大半は激怒したサルのように暴れまわるリオンを恐れたようにスーッと上空へと上がっていった。
一方その場に残った黒いモヤはリオンの暴挙に抗議するように、懸命に声をあげている。
「ピー! ピー!」
「ピーピー泣くな! 帰れ!」
それでもリオンが一喝すると恐れをなしたのか、黒いモヤたちは相変わらずピィピィ言いながらも素直に上空へ。
そしてそのまま姿を消していった。
「……なんだ、意外と物わかりの良い奴らだな。これなら怒鳴ったりせずに、普通に説得して帰ってもらえばよかった」
頭をかいて反省しつつ、リオンはその場に取り残された青白い魂に再び視線を向けた。
ぷるぷると震える少女の魂。
それを見ると思わず憐憫の情が湧いてくる。
リオンは笑顔を作ると、優しく語り掛けた。
「よーし、こわくないからなー、自分の身体にもどろーなー」
とりあえず両手を使って肉体に戻るよう誘導してみるが、少女の魂はその場でふよふよと所在なさげに浮かんだまま。
それを見てリオンも察した。
「あっそうか。身体が壊れているから、もう戻れないのか。……たしかにこんな血だまりに戻れっていわれても困るよな」
原形を留めていない血だまりを見下ろしつつ――しかし不思議とリオンは冷静だった。
この少女を治療できるという確信があったのだ。
「…………」
軽く深呼吸をしてから目を閉じる。
するとリオンの脳裏に浮かびあがってくる、奇妙な文字列。
読めるはずもないその不可思議な言葉を、目で味わい脳で消化して、舌に乗せ唱える。
「――罪深き肉塊よ、あるべき姿に戻れ」
変化は突然だった。
散乱した肉片としか思えなかった物体が暗黒のオーラをまとい、時間を巻き戻すようにだんだんと少女の姿をかたどっていく。
(……もしかしてこれ、回復魔法か? なるほど。転生者に神様が与えてくれる特殊な力、転生特典ってやつだな。なんだあいつら、意外と気が利くじゃん)
導き手と名乗っていた例のふたり組を密かに見直しているあいだに、血だまりの少女はすっかり元の身体を取り戻したようだ。
肩まで伸びた髪は青みを帯びた黒色。服はゴシックロリータ。年齢は10歳くらいだろうか。幼いながらも顔立ちが整っていて、目を閉じた姿は気品すら感じさせた。
もっとも本当にこれが元の身体なのかリオンには判断がつかなかったが……青白い魂は回復した身体に嬉しそうに入っていく。
と、それまで呆然としていた剣士の女が、いきなりその場で声を荒げた。
「ま、まて! ユナの身体をどうするつもりだ!?」
「どうするって……」
突然の問い掛けに困惑する。
焦っていることだけは伝わってくるが、何を危惧しているのかリオンには分からない。
「ただ治療をしただけだ。身体が無いと、この子が本当に死んじまうだろ。今ならまだ魂を戻せるからな」
「ユナに……貴様の下僕として生きろと……?」
(げぼく?)
座り込んだまま呆然とした様子でつぶやく彼女の言葉は、やはりよく分からなかったが。
「いや別に……治したからってそこまで恩を着せるつもりは無いし、普通に生きたらいいんじゃない……?」
いまいち話がかみ合っていないことに気付きつつも、とりあえず思ったことをそのまま返すリオン。
砂まじりの風が吹き抜ける中、その言葉をどう受け止めたのか、赤髪の女性はやはり呆然とした様子だ。
(そもそもの話だけど。こいつらどういう関係なんだ?)
沈黙がその場を支配する中、リオンはぼんやり考える。
(たぶん俺が身体を乗っ取ったヤツは、この赤髪の女性と恋人だったんだろうけど。ユナとかいう少女はいったい……ふたりの娘? うーんそれにしては歳の差があんまり無いような)
いろいろ気になることはあったが、判断材料があまりにも足りな過ぎた。
(まあいい、とにかく今は休めるところまで移動したい。まさかこんな砂っぽいところに3人で住んでるってことも無いだろ。とりあえずこの男の身体を乗っ取ったことは伏せて、近くの村みたいなところまでは連れて行ってもらわないと)
リオンは気を引き締めた。
この赤髪の女性に怪しまれることなく、彼氏になりきらないといけない。
もし恋人の身体を乗っ取ってしまったことがバレたら、手元の剣で串刺しにされかねないのだ。
それはさすがに御免だった。
リオンは彼女に近付き、軽く咳払い。
あらためて問いかける。
「なあ」
「!?」
声を掛けただけで彼女の肩がびくりと震えた。
そして恐怖に満ちた瞳でこちらを見上げてくる。
その反応にリオンの心は痛んだ。
(きっと元の身体の持ち主は、DV彼氏だったんだろうなあ。暴力で支配してたってわけだ)
もちろんリオンだって、可能ならば優しく接したい。
けれど彼はいま生きるのに必死で、だからこんな関係性すら利用して街までつれて行ってもらう必要があった。
リオンは彼女のすぐそばでしゃがみ込むと、厳めしい表情を作ったまま言葉を続ける。
「俺たち……恋人だよな?」
すると――。
「はえぇっ!? 恋人ぉっ!?」
なぜか驚愕が返ってきた。




