第18話 心の整理
彼女の目の前には、レンガの壁があった。
どうも修復中らしい。
手には真新しいレンガが握られており、彼女のすぐ横には、接着の際に使うであろうモルタルらしき物が入った小さな桶が置かれている。
(……破壊された街の復興作業をしているのか……?)
恐らく宿屋の裏手にも、もともとは民家かなにかがあったのだろう。
今となっては痕跡しか残っていないが、地下に続く石段らしきものが、跡地の中央付近に見えていた。
出来上がっている壁の高さは約1メートルほど。そして横幅もやはり1メートル。
いつから始めたのか分からないが、この街全てをこの調子で復旧させていくのなら、完成までに気が遠くなるほどの時間が必要だろう。
リオンはしゃがみ込んで黙々と修復作業を続けている彼女に近付くと、背後からそっと声を掛ける。
「こんばんは」
「ひいいいいいいいいい!?」
幽霊にでもあったかのような、驚愕の叫び。
リオンは彼女の怯えたような瞳から視線をずらし、修復中の壁を眺めながら穏やかな口調で言葉を続けた。
「建物を直してるのか」
「ひい……」
引きつり声。
しかし本人としては肯定の返事のつもりらしい。
リオンは再び彼女に目を向けた。
「俺も手伝うよ。魔法を使えば、この街もすぐに元通りにできる」
「…………」
少女は一瞬躊躇したあと、リオンを見もせずにぶんぶん頭を振る。
そしてつぶやいた。
「……ひとりで……やらないといけないことだから……」
それはかろうじて聞き取れる程度のかすれた声だったが。
「そっか」
リオンは静かに頷いた。
魔法を使ったほうが効率が良いのは明らかで、彼女だってそんなことは百も承知だろう。
それだけに自分の意見を押し付ける気にはなれない。
建物の残骸を眺めながら、リオンはぼんやりと思う。
(これはきっと心の整理なんだ。彼女が立ち直るために必要なこと……)
恐らくこの街の住人はとっくの昔に別の街に避難したか……あるいは死んでしまったのだろう。
魔法を使って建物だけ元に戻したとしても、出来上がるのは無人の街。
そこに人のぬくもりはなく、住み着くのは空虚さだけ。
そんなことは彼女だって分かっていて、だからこそ自分自身の力でやることに意味があると言っているのだ。
たとえこの街の復興が叶わなかったとしても。
この場所に彼女の想いが残るのであれば、それにはきっと価値があると。
(そうだな。俺もそう思うよ)
胸中で同意してから、リオンはつぶやいた。
「分かった。でも手助けがいるのならいつでも言ってくれ」
こくんと頷くのを見てから、リオンはその場をあとにした。
頭上には満天の星。けれどどうにも気分が晴れなかった。
リオンは空に手をかざし、思い浮かんだ呪文をつぶやく。
「暗雲よ、地上の光を覆い隠せ」
それは魔族よけの呪文。
上空から偵察されても、奴らに見つかることは無いだろう。
(意味があるのか、よく分からないけどな……)
ここは魔族に壊された街。
どこまでも念入りに破壊しつくされた中で、奴らがこんなに立派な建物の存在を見落とすはずがなかった。
つまり――見逃されたのだ。
建物の存在に気づかなかったわけではない。
絶望を生み出すために、彼女はひとりで生きることを強制された。
客を見た途端に悲鳴を上げる、変わった少女だと思っていた。
でもあの悲鳴が魔族によって植え付けられたトラウマのせいだとしたら。
部屋にあったやけに多い手紙も、今はこの世にいない死者にあてられたものだとしたら。
リオンの胸は痛んだ。
「……浮かれてる場合じゃないよな」
宿屋に戻ったリオンは、後ろ手に出入り口の扉を閉めてつぶやく。
と。
足元から声が聞こえてくる。
「リーリア姉さまの裸を見て浮かれている場合じゃない?」
「ああそうだ。生で女性の裸を見たのは初めてだったし、暴力的なまでに魅力的だったが、だからといって浮かれている場合じゃうおいっ!?」
驚いたリオンは、あわてて足元に視線を向けた。
そこにいたのはユナだ。
彼女は入口の脇で膝を抱えるようにしてちょこんと座っている。
「な、なぜここに?」
「身体を拭き終わったので、ご主人さまに伝えにきました。もっとも店主さんを口説いている最中でしたので待機することにしましたが」
「そういうのじゃないって。……なんか、あの子を見てるとほっとけなくてさ」
「ですね。魔族にやられたのか、あの方は魂がかなり傷ついているみたいです」
ユナが神妙な面持ちで頷く。
どうやら精神的な傷は、魂にまで影響を与えるらしい。
「……ま、こういうのは一朝一夕でどうこうできるもんじゃない。とにかく俺も風呂にするかね」
なにやら落ち込んだ様子のユナの頭にポンと手を乗せ、リオンは部屋へと戻った。
その後は、手早く身体を水拭きして(手伝いを申し出たリーリアの提案は断固拒否した)、その後就寝。
眠れるわけが無いと思っていたリオンだったが、やはり疲れのせいだろう、ベッドに潜り込むとすぐに眠りへと落ちていった。
そして翌朝。
宿屋の入口にて。
「世話になったな。……また来るから」
「は、はい……」
来た時とは違い、店主の少女は落ち着いているように見えた。
もっとも声はかすれていて、聞き取りにくいままだが。
「あ、あの……本当にいろいろと……あ、ありがとうございましたあああああああ!」
(最後まで妙に大げさだな)
でも事情を知ったせいだろうか。
リオンはその威勢のいい声に背中を押してもらっているような気分だった。
きっちり90度のお辞儀をしている少女に見送られながら、リオンたちは再び空へと飛ぶ。
向かうは西方の大国。グランリュート王国だ。




