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のっとり魔王の冒険譚  作者: 阿井川シャワイエ


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第15話 リーリアの目覚め

 理解できないまま、ユナの真似をしてバッグの中をのぞきこむ。

 するとさきほど入れたはずのロングソードが、跡形もなく消えていた。

 

「恐らくこれは召喚を簡易的に行うための魔具(まぐ)だと思います。ユナも主従契約の影響か、この魔具を介して召喚を行えるようです。なのでロングソードは異空間につっこんでおきました。出し入れ自由で便利です」


「へえ……」


 それは召喚というより、様々な物品を謎空間に収納できるアイテムボックスのようなものではないかと思えたが。

 

(……でもなんでそんな機能がついてるんだ? これ、俺が中学時代に使っていたスポーツバックだよな……?)

 

 しげしげと眺めるが、その形状に見覚えしかなかった。

 今は亡き両親が、事故で死ぬ直前に買ってくれた思い入れのある品物なだけに、勘違いということはなさそうだ。


(でもこんなの持ってきたっけ。もしかして転生の時におまけでつけてくれたのか? ……まあ便利だし、ありがたく使わせてもらうけども……)


 首を傾げていると、ユナがスポーツバッグから目を離し、ふうとため息をつく。

 

「さすがに召喚魔法は魔力の消費量が多いみたいです。少し疲れました」


「ほう、そういうものか。使いすぎには注意したほうがよさそうだな」


「はい。ご主人さまの場合は保有する魔力量がかなり多いので、あまり気にする必要はないと思いますが……それでもいざ必要な時に魔法が使えないと困るので」

 

「たしかにな。空を飛んでいるときに魔力切れにでもなったらゾッとしないし」


 そう呟いてから、リオンはぶるっと身を震わす。

 その状況は実際恐ろしかった。

 魔王の肉体がどれほど頑強だろうと、さすがに上空から落下すれば墜落死は免れないだろう。


 そんなリオンを見て、ユナは再び胸を張った。

 

「いざというときはユナの魔力を使ってください。主従契約があるので、ご主人様はユナの魔力をいつでもどこでも自由に引き出して使えるんです」


「そ、そうか」


 笑みを浮かべようとして、途中で口元がひきつる。

 どうしても主従契約の話をされると引け目を感じてしまうのだ。

 知らなかったとはいえ、重要な契約を無許可で結ぶ形になったことが後ろめたい。


 とはいえ。

 

(すでに契約は済んでるわけだし、うまく折り合いをつけてやっていくしかないか。魔力を借りないと落下するって場面で、躊躇するのもバカらしいしな)


 そうやって自分自身を説得していると、ユナの視線が再びリーリアに向けられた。


「ところでリーリア姉さまが変な体勢でつらそうなのですが」


「お、おお、そうだったな。とりあえず俺も召喚とやらを試してみるかね」


 リオンは照れ笑いを浮かべながらバッグに手を突っ込み、縄の切断に使えそうな道具を探る。

 と、指先に何かの感触があった。

 しっかりと掴んで取り出す。

 

「ん、カッターか」


 さっきスポーツバッグの中をのぞいたときには入っていなかったので、これも召喚で呼び寄せたのだろう。


(呪文無しでいけるというのは朗報だな。ただ、魔力を消費したって感じはなかった。ユナの言うとおり俺の魔力量が多いからか? あと、このカッターって……)

 

 見覚えのある形状をぼんやり眺めるうちに、なんとなく召喚できる条件に察しがついた。

 

(俺の私物だよな。テーブルの脇の小物入れに置いてあるやつ。となるとこのバッグが繋がってる先は、異空間というより俺の一人暮らしの部屋なんじゃないか?)

 

 その場合、部屋にあるものなら自由に取り出せると考えていいだろう。

 そして――このバッグの中に物を入れると、その物体がリオンの部屋に出現している可能性があった。


 リオンはぼんやりと、6畳一間のボロアパートの一室を思い出す。

 そしてその畳の上に転がるロングソードを。


(……無限に収納できるとは思わないほうがよさそうだな。そういやリーリアをバッグの中に押し込んでも姿は消えてなかった。人間の移動はできない? もしかしたらバッグの持ち主である俺ならいけるかもしれないけど……)


 そんなことをつらつらと考えてから、リオンは頭を振った。

 

(いや、そもそもこれが俺の部屋に繋がっているというのも仮定の話にすぎないんだ。飛び込んでみたはいいものの、謎の空間に囚われ脱出できないなんて事態になったら困る)


 少なくとも仕組みがはっきりわかるまでは、迂闊な行動はしないほうがいいだろう。


(ま、別に帰りたいわけでもないしな。魔王の力のおかげで、この異世界でも普通にやっていけそうだし。そういやあの導き手とかいう連中も、思いっきりミスしておきながらなんの説明にも来やしねえな。別に謝って欲しいわけでもねえけど……次来るとしたらエラーの修正とやらが終わったタイミングなのかね)


 そんなことを思いつつ、リーリアの背後に回りカッターで縄を切り刻む。


「…………」


 切り刻む。


「…………」


 切り――。


「だああああ! ぜんぜん切れねえ! なんだこの縄! 硬すぎ!」


「出刃包丁、使いますか?」


「……くそう。その提案に魅力を感じてしまう。よし、ちょっと貸してくれ。ケガはさせないよう慎重にやってみる」


「はいどうぞ」

 

 うやうやしく差し出された出刃包丁を使う。

 ……思いのほかすんなり縄が切れた。


「……ユナを信じて、初めからこっちを使ってればよかったな。なんか無駄に疲れちまった」


 ぼやきながらスポーツバッグにカッターと包丁を戻していると。


「ん……んん」

 

 両手両足の拘束が解け体勢が崩れたリーリアの口から、淡い吐息が漏れた。


 白いシーツの上でリーリアの手がわずかに動き、まぶたがぴくぴくと震えている。


 リオンはそれをみてハッと立ち上がった。


「いよいよお目覚めか?」


「かもしれません」


 頷くユナはベッドの上に乗り、様子を確かめようとする。

 

 と、その気配を感じたのかリーリアの目がパッと開き、正面にいたリオンと目が合った。


「……」


 叫ばれるかと思いきや、彼女は落ち着いていた。


 というよりあからさまに失望していた。

 見開かれたその美しい瞳から、みるみるうちに光が消えていく。

 

 やがて彼女は目を伏せると、赤い髪を揺らしながらゆっくりとベッドの上で身体を起こす。


「ここは……」


「宿屋だ。いろいろあって今日はここに泊まることにした。ここがどこかは俺たちにもよく分かってないから聞かないでくれ」


「場所が……分からない?」

 

 ぼんやりとしているリーリアは、まだ夢の世界から離れられていないようだ。


 そんなとき彼女のすぐ隣で、ユナがささやくように声を掛けた。

 

「リーリア姉さま」

 

「……!」


 リーリアはその存在にいま気づいたらしい。驚きの表情でユナを見つめ。

 そして彼女の小さな身体を力いっぱい抱きしめる。

 

「ユナ! 良かった……本当に良かった……!」


「リーリア姉さま……痛いです」


 照れ臭そうにしているが、ユナもまんざらでもなさそうだ。


「うむうむ」

  

 そんな感動の再会を満足感と共に眺めつつ、リオンはふと思う。

 

(このタイミングで全部説明しちまうか? 貴方の恋人である、魔王の身体を乗っ取ってしまいましたって。そりゃ、記憶喪失で押し通して真実を隠し通すのも優しさだろうが、さすがに心苦しいというか……)


 リーリアが起きてしまった以上、この問題を先延ばしにすることはできない。

 そして時間がたてばたつほど、彼女に真実を伝えるのは困難になるだろう。

 

 決断のタイミングは今しかないように思えた。


(……よし)


 リオンは覚悟を決めた。

 記憶喪失と言い張ったところで、いずれはボロが出てバレるだけ。

 それなら自分の口からきちんと真実を説明しておいたほうが、幾分かマシだ。


(そもそもこの件で俺に落ち度はないしな)


 そんな言い訳じみたことを思いつつ、リオンは口を開く。


「なあ、リーリア。目覚めたばかりで悪いんだが、実は大切な話があるんだ」


「大切な話……?」


「ああ。これはユナにも聞いてもらいたい」


 視線を向けると、ユナは無言のまま軽く頷いた。

 なんの話か、察しがついているらしい。

 

 リオンはこほんと咳払いしてから、ユナを抱きしめたままのリーリアを見つめた。

 

「実は俺――異世界からやってきたんだ」

 

「異……世界……?」


 彼女はその単語を反芻するかのようにつぶやいている。

 理解してもらえるかいまさらながら不安に思いつつ、リオンは頷いてみせた。


「ああ。俺の名前は堂島(どうじま)リオン。リーリアが知ってる魔王とはまったくの別人なんだ。細かく説明すると混乱を招くだろうから詳細は省くけど……いろいろあった結果、俺の魂が魔王の魂に上書きされることになってな」


「なにがどうなるとそんなことに……?」


 不思議そうに首を傾げるリーリア。

 説明を省いた結果、かえって混乱を生んだ気もしたが、彼女の表情に怒りや絶望の感情は見えない。

 

 そのことにホッとしつつリオンは言葉を続ける。

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