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のっとり魔王の冒険譚  作者: 阿井川シャワイエ


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第12話 五天魔(3)

「勇者を生かすって、それはつまりペットにしたいってこと!? だから入れ物にいれて持ち運んでたんだ! いきなりその躾っぷりはちょっと飛ばしすぎだと思うけど、でもどうしてなの魔王っち! ニャオというものがありながら……!」


「それを言うならミャオのほう! バカ姉は引っ込んでなよ!」


「…………」

 

 とりあえずニャオとミャオが騒ぎだした理由はどうでもよさそうだ。

 そう判断したリオンは、ふたりを無視してガウシバに視線を向けた。


「不服か?」


「ああ、不服しかねえな。勇者を殺すって言いだしたのはアンタだ。いたぶるよりひと思いに殺した方が人間どもが絶望するってよ。なのに今度はまた生かすことにしただ? バカにするんじゃねえよ」


 吐き捨てるようにつぶやくガウシバから、静かな怒りを感じた。


(なるほど。まあ急に方針を変えたら、不満くらい持つか。ただ、そもそも魔王が勇者を殺すって言い出した意味が分からないんだよな……。あとあと面倒になるのは目に見えてるだろうに、どう凌ぐつもりだったんだ……?)


 詳細を確認したいところだが、肝心の勇者は現在熟睡中。

 結局自力で切り抜けるしかない。

 

「考えが変わった。勇者を殺すより、俺様の伴侶とした方が人間どもの絶望が深まると判断したのだ」


 それはとっさの思い付きにしては良い反論だと思ったが、ガウシバの表情は変わらない。

 むしろ威嚇の表情が強くなる。


「いよいよついていけねえな。俺たちが、わざわざ殺す必要はねえと何度言っても聞かなかったのに、ここにきて豹変しやがって」


(……うぐ。こいつら、勇者を殺すのを止める側だったのか……)


 ガウシバが怒っている理由が想像とはかなり違うことに、リオンは面喰っていた。

 

 たとえ魔族と敵対する勇者といえど、殺してしまえばそれまで。

 生かしておけばいくらでも利用価値がある。

 それはリオン個人としては理解できる考え方ではあるが、魔族的な発想とは思えない。

 

(やっぱ本当にやばいのは魔王だけって感じだな)

 

 しぶしぶ魔王の命に従ったのに、結局はよく分からない理由で勇者を生かして帰ってきたとなれば、無駄に振りまわされたという想いが強くなるのも理解はできる。


(とはいえ、だ)


 だんだんと落ち着きを取り戻したリオンは、内心ほくそ笑んでいた。

 

(これは致命的な問題じゃないな。せいぜいこいつらの機嫌を損ねた程度。記憶喪失という言い訳もあるし、ここできちんと謝罪したら問題なく切り抜けられそうな気がする。でも……切り抜ける意味なんてあるか?)


 自身の心に問い掛けると、答えは速やかに出た。

 問題を解決するということはすなわち魔王で居続けるということ。


 ――そんなの御免だ。

 

 リオンは顎を上げると、不敵に笑った。

 

「俺様は魔王なのだ。貴様ら五天魔に(おもね)る必要などない。それでもなお不満があるというのならばこの場で雌雄を決しようか」


「ああ!?」


 予想もしていなかったようで、ガウシバは目を見開いている。


 騒いでいたニャオとミャオもギョッとしたようにこちらを見た。


「え、まじ? 今まで何を言っても相手してこなかったのになんで急に戦いになんの? ガウシバもびっくりしてんじゃん」

 

「いい加減に不平の言葉も聞き飽きてな。ここまできたら、互いの実力差を明確に思い知らせるしかあるまい」


「…………」

 

「おっと言葉を失っているようだ。もしかすると、俺様についていけないというのは本気じゃなかったのか? ただ愚痴を聞いて欲しかっただけというのなら、先ほどの無礼な発言を聞き流すこともできるが」


「ああん!?」

 

 挑発の言葉を投げかけると、彼はいまにも吠え掛かりそうな威嚇の表情を見せた。

 犬歯がきらりと光るその姿は、まさにガウシバの名に相応しい荒々しさだ。


「なに言ってやがる! テメエをぶちのめす絶好の機会逃すわけがねえ! その代わり俺が勝ったら魔王の座も譲るってことでいいんだな?」


「当然だ。我々魔族は、実力主義だからな」


「ええ……!?」


「な、なに言ってるの魔王っち!?」

 

 ざわめいているが。


(ぶっちゃけ魔王の立場なんてどうでもいい。大切なのは力だ。魔王の力があるのなら、責任ある立場なんて邪魔なだけ。それにこいつら五天魔は人類の殲滅なんて望んでいない。魔王の後釜だって安心して任せられる連中だ。だからここは――わざと負ける! そしてガウシバに魔王の座を押し付ける!)


 結局のところ、リオンはこの異世界でのんびり暮らしたいだけなのだ。

 ガウシバが魔王の立場を欲しがっているというのなら、むしろ望むところだった。

 

「さっそく戦闘を始めたいところだが、ガウシバにも準備がいるだろう。10秒だけ待ってやる。いくぞ、10、9、8、7、6――」


 リオンは有無を言わさずカウントダウンを始めた。

 

 これは相手を焦らせるためだ。

 わざと負けるにしても、致命的な攻撃は受けたくない。

 準備時間が短ければ、そうたいした魔法は使えまい。

 

(一発喰らうのは仕方が無い。ただそれ以上は御免だ。とりあえずこいつが攻撃してきたら大げさなくらいぶっ飛んで、床がえぐれるくらい埋まってみよう。そうしたら俺の負けは明らかだし、追撃が飛んでくることもないはず。記憶を失った魔王は弱くて話にならないと思わせることさえできれば、すんなり引退できるってわけだ。情けない姿を晒すくらい、平和な暮らしのためならどうってことはないぜ!)


「――5、4、3、2、1、ゼロ!」


 カウントダウンが終わると同時、意外と素直に待ってくれていたガウシバがスッと前傾姿勢を取り。

 

「いくぜ――がふっ!」


「うおっ!?」


 駆けだそうとしたガウシバが口から血を吐きながらその場に崩れ落ちるという衝撃の光景に、リオンは思いっきり意表を突かれていた。

 

(な、なんだこれ? まさか精神攻撃を仕掛けてきたとでもいうのか……!?)


 身体を張った攻撃方法に戦慄していると、すぐ隣から甲高い笑い声。


「キャハ! まじかよこいつ! デスカウントもろに食らってんじゃん! ダッサ!」


「デスカウント……?」


 ミャオはツインテールを揺らしながら地に伏せたガウシバのもとに歩み寄ると、ピクリともしないその背中に足を乗せてあざ笑っている。

 

「魔王様のカウントダウンを最後まで聞くと死んじゃうっていうのに、ガウシバのやつ忘れてやんの!」


「ほーそうだったのか」


 恐らく呪いの類だろう。

 魔王だけあって、多種多様な魔法を使えるようだ。


「魔王様のイジワルぅ! 分かっててやってるのに、死んだ後までいたぶっちゃってぇ~!」


 ミャオはやけにハイテンションだ。

 どうやらガウシバが死んだのがよほど嬉しいらしい。

 

「しかしお前は死んでいないな」


 リオンが尋ねると、フフンと鼻を鳴らし誇らしげに腕組みをするミャオ。


「そんなの当然だし! 数字をひとつでも聞かなかったら回避できるのに、喰らう方が馬鹿じゃん? っていうかむしろ間抜けじゃん?」


「なるほど」

 

(たしかにその程度の対処を怠ったのなら間抜け呼ばわりも当然か。ただ――)

 

 周囲を見回すリオンに気付かない様子で、ミャオはガウシバに向けて嘲笑を浴びせ続ける。

 

「ま、栄光の五天魔のなかでこんなしょぼ技で死んじゃうのは、脳筋でアホアホなこいつくらいだよねぇ!」


「いや、お前以外全員死んでいるようだが」


「…………え?」


 不思議そうな声を漏らすミャオ。

 彼女は周囲を見回し……ようやく状況に気付いたようだ。

 

 足元に死体が4つ転がっていた。

 

 それは彼女以外の五天魔の死体で、その口からはひょろりと青白い魂が出ている。

 

「はあ!? ちょっ、なんでみんな死んでんの!? バカじゃない!?」

 

 叫ぶ彼女の声に誘われるように、周囲に黒いモヤがかかり始めた。

 

「あ、死神が来た」


「もー! マジで死んでんじゃん! さっさと起きろバカ姉! ムラサキも!」


 慌ててニャオたちに声掛けをするミャオを見ながら、リオンはぼんやり考える。

 

(五天魔にはこのまま死んでもらったほうが、人類にとっては都合が良い気もするが……)

 

 ただその場合、抑えの無くなった下級魔族たちがどう動くか分からない。


 リオンは魔王として働くつもりなどないのだから、やはり五天魔に魔族たちの手綱を預けた方がマシだろう。

 

「しょうがない、とりあえず俺様は死神に話をつけとくか」


 軽くため息をついてから、リオンは黒いモヤに近寄っていく。

 

「ピィ! ピィ!」


 警戒するように鳴き声を上げる、黒いモヤ。

 前回のことを憶えているらしく、完全に嫌われてしまったようだ。


 リオンは害意が無いことを示すために両手を上げながら、微笑みを浮かべた。

 

「あー、この間は怒鳴ったりして悪かったな。俺も反省したんだ。いきなり暴れまわったりせずに、ちゃんとこっちの状況を伝えればよかったって」


「……ピー?」


「そう、ピーなんだ」


 意味はよく分からなかったが適当に頷きを返す。


「俺には他人を生き返らせる力がある。んで、今回もこいつらを生き返らせるつもりでな。だから魂を地獄につれて行っても無駄足になるんだよ。それはお互いに面倒だろ? 地獄の偉い人から怒られたりするんじゃないか? 状況をよく確認して連れて来いとか嫌味っぽく言われたりさ」


「ピーピー」


 そうなんだよねと言いたげな鳴き声に、リオンは笑みを浮かべた。


「俺も君たちに嫌がらせがしたくてやってるわけじゃないんだ。ここまで来てもらっただけでも申し訳ないとは思ってて……だからこそ、この場は俺に任せてもらいたい。こいつらはパパッと生き返らせちまうからさ」


「ピー……」


「頼むよ」

 

 躊躇する様子のモヤにリオンはそっと手を伸ばし、その黒い輪郭を包むように撫でる。

 特に感触はない。

 それでも伝わるものがあるはずと、視線に力を込めた。


「な?」

 

「……ピー!」

 

 最終的には、理解してくれたらしい。

 元気よく返事をした黒いモヤは天井に向かってぐんぐん上昇していき、やがてその姿が見えなくなった。


(やっぱ、話せば分かってくれるもんだな。死神と喧嘩なんてしたくないし、良かった良かった)


 そんなことを考えつつ倒れ込んでいる四天魔に近づくリオンは、抜け出ている魂を手で掴み、無理やり口の中に押し込んでいく。

 

 まずはニャオ、それからレイリとガウシバ、最後にムラサキ。

 

 たいした手間ではないが、魂を掴む際に魔力を消費するらしく、4人分済ませた頃にはリオンの額には汗がにじんでいた。


(これでうまくいけばいいが……)

 

 確信がないまま死体のそばでしゃがみ込み、様子をうかがっていると。


「ご主人さま、お疲れさまです」

 

 ユナが額の汗をハンカチで拭ってくれた。

 こんな状況なのに、彼女は驚くほど平然としている。

 

「……ユナは平気だったか?」


「はい、たぶん主従契約のおかげです。呪文は最後まで聞いてしまいましたが、自動的に無効化されたみたいなので。それと、リーリアお姉さまも無事です。寝ていたからだと思います」


「よしよしふたりとも偉いぞ、手間が省ける。……こいつらと違ってな」


 リオンの視線の先には正座でうなだれる4人。


 もちろん四天魔だ。

 無事に復活したらしいが、彼らの表情に笑顔はない。

 しょんぼりと落ち込んでいる。


 そんな4人の前を、ミャオがわざとらしく首を振りながら通り過ぎていった。


「はぁーあ、デスカウントを知っててなーんで引っかかるのかなあ。おバカさんしかいないのかなあ?」

 

「ううう、ミャオちゃんのいじわるぅ……」

 

 ニャオはがっくりと肩を落としている。

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