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のっとり魔王の冒険譚  作者: 阿井川シャワイエ


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第11話 五天魔(2)

「記憶を? ……どういう意味だ」


「そのままの意味です」


 口を挟んだのはレイリだ。

 リオンの足元に置かれたスポーツバッグに視線をちらりと向けてから言葉を続ける。


「どうやら魔王様は勇者との戦いの後遺症で、記憶を失ってしまったようなのです」


「ああ?」


 補足を聞いてもなお、赤髪男は理解できないという様子で顔を歪めていたが。


(まあ、そうなるよな。実際嘘だし。とはいえ本当の話なんてしたら全員から袋叩きだろうから、ここは押し通すしかない。あくまでも俺は魔王なんだ。記憶を失っただけの本物の魔王。断じて偽者なんかじゃない)

 

 リオンは椅子に深々と腰掛け、ふんぞり返る。

 

「そうだ。お前たちの名前すら分からん状態でな。悪いが二つ名を名乗ってもらえるか。記憶を思い出す取っ掛かりになるかもしれん」


 それは情報を引き出す意図で発した言葉。

 

 あるいは警戒されるかとも思ったが、正面に座るゆるふわ少女はなんの躊躇もなくピシッと手を上げた。

 

「えっとね、ニャオはニャオだよ。ミャオちゃんのお姉ちゃんなの」


「ん……」

 

 リオンは渋い顔になった。

 

(……やっぱ憶えにくい名前だな。ニャオとミャオっていくらなんでも似すぎだろ。魔王のネーミングセンスどうなってんだ。いや、というかそもそも……)

 

「さっきから気になってたんだが、お前たちには名前があるのか? 魔族には名前が無いとレイリから聞いたが」


「うんぬぅ? レイリ?」

 

 ニャオは手を上げたまま首を傾げている。

 

 それを見て、レイリが軽く頭を下げた。

 

「魔王様が私につけてくださった名です。【銀世界に佇む怜悧な貴公子】では長すぎるからと」

 

「へ~そうだったんだぁ~」


 納得したようにうんうん頷くニャオは、急に身体をぐにゃりと折り曲げて円卓にへばりつくと、顔だけリオンの方を向いてだらしなく笑った。

 

「ならこっちも似た感じかな? 魔王っちが素敵な二つ名をつけてくれたんだけど、ふたりセットだったから分かりにくくて。だから個別につけてもらったの」


「なるほど……。ちなみにどんな二つ名か聞いてもいいか」


「【裏路地を徘徊する危険な野良猫姉妹(のらねこしまい)】だよ。イイ感じだよね~」


「ああ、そうだな」


 真顔で頷くリオン。

 やっぱ長いしくそダセえなと思いはしたが、それを口に出さないだけの理性が今の彼にはあった。


 表情を隠すため、指で眉間のあたりをかきながら言葉を続ける。


「確かにその二つ名だと、姉妹のどちらを指しているのか判断できんし、名前を付けてもらったのは良い判断だ。えっとそれで、姉のほうがニャオで、妹のほうがミャオだったか」


 視線を向けると、ツインテールの少女が頷いた。


「そう。ちなみにバカ(あね)の名前は覚えなくていいから」


「もー! そうやって意地悪ばっか言う!」

 

(ニャオとミャオか。何度聞いても憶えられる気はしないが……まあいい。個別に呼ぶ機会なんてそうそう無いだろ)


「理解した。じゃあ次だ。そこの……」


 ゆるふわ少女の左隣に視線を向けると、紫髪の女性はたおやかに微笑む。

 いつの間にか目を覚ましていたらしい。

 

「私は魔王様より【夜の闇を彩る麗しき花】との二つ名をいただきました」


「そうか。じゃあそのくそだ――いやともかく、それだとあまりにも長すぎて不便だから、短い呼び名も決めないとな」


「今くそだせえと言いかけましたね、魔王様」

 

「そんなわけないだろうレイリ。根拠のない中傷はよせ」


「むしろ根拠しかないのですが……まあいいでしょう。それで彼女にどのような名を授けるおつもりですか」


「んー」


 リオンは背もたれに身体を預け、顎を撫でながら考える。

 率直に言って悩ましかった。

 

 レイリの時は戦闘後に名付けたのでそれなりに情報があったが、今回は見た目以外の情報がほとんどない。


(まあでも見た目由来で名づけるっていうのはありだよな。分かりやすいのはたしかだし)

 

 リオンはまじまじと女性を眺めた。

 髪色は淡い紫。毛先がゆるやかに内向きにカールしていて上品な印象を受ける。そしてそれを抜きにしても、目鼻立ちのはっきりした美人。

 

 もちろん豊かな体つきとそれを強調するような服装も特徴的ではあるが、そこに着目するのははっきりいって素人だ。


 呼び名である以上、セクシー要素はご法度。

 誰もが気兼ねなく呼びかけることのできる、健全な名前でなければいけない。


(……まあやっぱ髪に注目すべきか。結局真っ先に目を引くのはそこだもんな)


「よし」

 

 考えがまとまったリオンは、自信たっぷりに顔を上げ、そして告げる。


「【ムラサキ巻き髪】はどうだろう」


「む、むらさき……まきがみ?」


「ああ、紫色の髪の毛先が綺麗に巻かれているから、ムラサキ巻き髪。いい名だとは思わんか?」


「…………」


 五天魔が全員黙った。


(んん……?)

 

 反応の薄さに、リオンは首を傾げる。

 あまりの素晴らしさに絶句したのかと思ったが、どうもそんな感じではない。


「なにそれ、ありえなくない?」


 口火を切ったのはミャオだ。


「もはや名前じゃなくて早口言葉じゃん。記憶が消えるとネーミングセンスも一緒に失われるわけ?」

 

「は……? ネーミングセンスが……?」


 ミャオの言葉は貶すというより困惑の気持ちがありありと出ていて、リオンも戸惑ってしまう。


 それを見て、ニャオが慌てた。


「ちょっとミャオちゃん! たしかにここまで極端にセンスが劣化するなんて、記憶を失うって残酷だなってニャオも思ったけど! そんなこと本人の目の前で言ったら、魔王っちが可哀想だよ!」


「か、かわいそう? 俺様が?」


 呆然と聞き返すリオン。


 すると左隣から、鼻で笑う音が聞こえてきた。


「ハッ、大不評じゃねえか。ざまあねえな」


 赤髪男の嘲るような言葉とニヤニヤ笑いが、はっきりと不愉快だった。

 リオンはカッとなって立ち上がる。

 

「ああん!? 魔王にむかってなんだその口のきき方は!」


「魔王っちブチぎれてるじゃん……」


「ご主人さまは、名付けによっぽどの自信があるみたいで……」


 いつの間にかユナがニャオの膝の上に乗りしみじみ頷いていた。


「ひえーそうなんだー。かわいそー」

 

 そう言いながら、ユナの頭をナデナデするニャオ。

 

 そんなほのぼのした光景も、リオンの荒んだ心には響かない。


 赤髪の男にビシッと人さし指を突き付けた。

 

「じゃあお前ならどんな名前を付ける! もちろん俺様より良い呼び名をつけられるんだろうな!?」


「知らねえよ、興味もねえし」


「ふ、ふん! やはり自信がないのだな! 批判するだけなら誰だってできるぞ!」


「はあ……」

 

 挑発の言葉にも迷惑そうにしていたが。

 

「ただまあ、あれだ。呼び名だって言うんなら、【ムラサキ】だけでよくねえか。巻き髪なんて単語は不要だと思うね、俺は」

 

「……な、なにっ……!?」


 咄嗟に言い返そうとしたリオンだったが、赤髪男の言葉に衝撃を受けて、指をさしたまま固まってしまう。


 ――ムラサキ。

 それは色を示す単語であり、本来であれば呼び名には相応しくない言葉。

 

 ただし例外はある。

 コードネーム的に使用するパターンだ。

 戦隊ものでいうところの、レッドやブルーを思い起こせば、なんとなく想像はつくだろう。


 ムラサキという呼び名も、そう考えれば必ずしも悪くはない。

 だからこそリオンも呼び名として取り入れることにしたのだ。


 もっとも、この赤髪男がなんの意味もなくムラサキと名付けただけであれば、リオンは適当に難癖をつけたことだろう。

 俺が必死に考えた呼び名をただ短くしただけではないかと、小馬鹿にしてもよかったのだ。

 

 しかし実際にはそれができなかった。


 ムラサキという単語が内包している、高貴さやセクシーさという相反するイメージが、そのまま彼女にピッタリ合っていることを認めざるを得なかったからだ。

 

 彼女が醸し出す大人びた妖艶な魅力を、ムラサキという端的な言葉だけで過不足なく表現されてしまっては、名付けに一家言(いっかげん)持つリオンとしてはただただひれ伏すしかない。

 

(こいつ……できる!)


 リオンは突如として目の前に現れた、流星のようにきらびやかな才能に本気で慄いていた。

 

 巻き髪は蛇足という意見に反論の余地などない。

 あまりにも真っ当な正論をつきつけられ、リオンはただ打ちひしがれるのみだ。

 

(俺の栄光の日々は……完全に終わりを告げたな……)

 

 脳裏に浮かぶクラスメイト達の無邪気な笑顔。

 それが、ガラガラと音を立てて崩れていくような気持ちだった。

 

 けれどリオンは切ない想いをグッと抑え込み、赤髪男に頷きを返す。


「その(げん)や良し! たしかに【ムラサキ】こそ彼女に最もふさわしい名である!」


 そしてリオンは、ムラサキに微笑みを向けた。


「今後はそのように名乗るがいい」


「ありがとうございます。今後は五天魔の【ムラサキ】と名乗ることにします」


「ああ」


 悲しみと共に頷く。

 寂しくないと言えばウソになる。

 けれどいつまでも過去の栄光に縋っていてはいけないのだ。

 

 この敗北が明日に繋がることを信じて、前向きに生きないといけない。


「後はお前だけか」


 力の無い微笑みを赤髪男に向けると、彼は本気で迷惑そうに顔をしかめていた。


「俺は別に名前なんざどうだっていい」


「そういうわけにはいかん。俺様がかつてつけた、貴様の二つ名はなんだ?」


「……【剛腕(ごうわん)】」


「ん?」


「【剛腕】」


(手を抜かれたのかな?)


 今までの二つ名の長さとの落差にそんな考えが思い浮かぶが。

 

 とはいえそれを嘲る気にはなれない。

 恐らくかつての魔王も、この男の名付けセンスの鋭さに恐れをなして、短い二つ名をつけざるを得なかったのだろう。


 その気持ちが今のリオンには痛いほどわかった。


(剛腕では呼び名には相応しくないし、新しい名前は絶対に必要だ。でもじゃあどうするってなると……)


 考えがまとまらない。

 何を言っても否定されるのではという被害妄想にも似た恐怖が、リオンの思考を空転させていた。

 明らかにスランプだ。


(この男の特徴はなんだ? 男? 赤い髪? 筋肉質な身体? ……いや、そんな奴はいくらでもいる。それじゃだめなんだ。特徴をきちんと捉えなければ。しかし内面をどうこう言えるほどこの男のことを知らない。やはり外見を攻めるしか……)


「魔王様。この者には、どのような名を?」


「お、おうそうだな……」

 

 急かされたリオンは、赤髪男の顔面をじっと見つめ、ぼそりとつぶやく。


「なんかこう……ガウシバとか……」


「ガウシバ……ですか? 由来は?」

 

「いや……特にないけど」


 周囲に沈黙が満ちる。

 

 リオンは口ごもってしまったが、実のところガウシバという名には、明確な由来があった。


 赤髪男が威嚇するときに見せる表情が、柴犬に似ていると先ほどから思っていたのだ。

 近所に住む老人が飼っていた、目の前を通るとやたらと歯をむき出しにして吠える柴犬に。

 

 ガウガウ吠える柴犬――ゆえにガウシバ。


 でもその犬を見たことがない彼らに、それを伝えて何になるだろう。

 共感を得られることなどない。無意味な行為だ。

 

(分かってる。どうせ受け入れてもらえないさ……)

 

 リオンが自嘲していると。

 

「ガウシバ?」

 

 沈黙を破ったのは、またもやミャオだ。

 

「意味は分からないけど……悪くないんじゃない?」


「え……?」


「うんうん、なんかちょっと意表はつかれたけど妙にしっくりくるっていうか……魔王っちイケてるよ、この名前!」


「ほ、ほんとか? 俺様を無理やり慰めようとしているんじゃないのか……?」


「いえ、私もステキな名前だと思います」


 ムラサキは楽しそうに両手を打ち鳴らしている。


「今まで思いつきもしませんでしたが、こうしてお顔を眺めているとたしかにガウシバだなあという印象を受けるんです」


「そ、そうか……そうか……!」


 思わぬ褒め言葉に浮き足だつリオン。

 しかし大事なのは本人がどう思うかだ。

 

 期待を込めて視線を向ける。

 すると、赤髪男は盛大にため息をついた。

 

「俺は別になんでもいい。ガウシバと名乗れと言うのなら、今後はそうするさ」


「よし! ならば貴様はこれよりガウシバだ! よろしく頼むぞ!」

 

 リオンは満足感と共に頷く。


(栄光が終わっても、新しい日々が続いていく。そういうもんだよな。未来を怖がる必要なんて無いんだ)


 晴れやかな気持ちで五天魔を見回していると、ガウシバが面白くもなさそうに、リオンの足元に視線を向けた。

 

「それで、何か思い出すことはあったかよ。俺としちゃあ、こんなどうでもいい雑談より、そこの袋に勇者が詰め込まれてる理由をさっさと知りたいんだがな」


(あ……)


 ガウシバの言葉で、リオンは正気を取り戻した。

 

 そもそも今のリオンは、呑気に名付けなんてしている場合ではない。

 

 リーリアとユナに手を出さないよう五天魔にきっちり釘を刺す。

 それこそがリオンの望む平和への第一歩だ。


 とはいえ、リオンは実に気楽だった。

 

 幸いにも五天魔は想像と違い、かなりの穏健派集団だ。

 こんな名付けにも長々と付き合ってくれたことからもそれは明らか。

 

 きちんと説明すれば、ちゃんとわかってくれるという確信があった。


「皆には落ち着いて聞いて欲しいんだが……」


 リオンは五天魔の顔を見まわしながら、穏やかに話し始める。

 

「実は俺様は、勇者を生かすことにした。それにはきちんと理由があって――」


「ああん!? どういうことだおらあ!?」


「なにそれ、なにそれ!?」

 

 ぜんぜん分かってもらえなかった。

 説明を始めるより先に、ガウシバとニャオ・ミャオコンビが凄い剣幕で立ち上がる。

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