第10話 五天魔(1)
(すげえ! 俺いま、空を飛んでる!)
リオンは興奮していた。
右腕でユナを抱え、左手にリーリア入りのスポーツバックを持ちながらも、空の旅は快適そのもの。
風を切る、という感覚ともまた違う。
まるで見えない船に乗って空間ごと切り裂きながら進んでいるようで、高所を飛んでいるのにもかかわらず安定感があり恐怖を感じることもない。
「ひゅー!」
下を見ると、景色がビュンビュン飛んでいく。
今まで経験したことが無いほど、実に爽快な心地だった。
とはいえ楽しい時間は過ぎるのも早いものだ。
前方を飛ぶレイリはリオンに向かって軽く目配せしたあと、スピードを緩めつつだんだんと下降していく。
(なるほどここが目的地か。――すごいな)
眼下には空に浮かんだ小さな島があった。
浮遊島の東側には塔のような巨大な建築物があり、西側は鬱蒼たる森が広がっている。
(レイリは……森の方に向かってる……?)
意外に思いながらもレイリに続いた。
木々の隙間を抜けて、地面に降りたつ。
周囲を見回してみたがなんの変哲もない普通の森で、謎の神殿があるわけでもない。
不審に思いつつ、レイリの動きを見守る。
氷が地面に張るのを避けているのか、わずかに浮かんだまま移動する彼は、ひときわ目立つ大樹の前に立つと真剣な表情で指をパチンと鳴らした。
すると、大樹の足元の地面がゴゴゴと音をたてて左右に分かれ、地下に続く階段があらわれる。
「なんだこの仕掛け、カッコいいじゃねーか」
リオンが薄暗い階段の先に視線を向けながらつぶやくと、レイリは浮かんだままこちらを振り返った。
「ここは極秘施設への入口です。実質、魔王様と五天魔専用の通路といっていいでしょう」
「そうなのか? ちなみに島の東側にあった塔は……」
「あれは下級魔族向けの施設です。彼らはああいった虚仮威しを好みますから。我々の趣味ではないので基本的に赴くことはありませんし、彼らもまた我々を恐れこのあたりには近寄りません」
「なるほど。区分けしてるんだな」
平然と頷きつつ、リオンは内心ほくそ笑む。
少なくともこの先に、魔族が大勢待ち構えているということはなさそうだ。
いくら魔王の力があるとはいえど、物量で押されると辛いと思っていただけに心底ありがたい。
「しかし面白い島だなここは。もしかしてこんな感じの浮き島はいくつもあるのか?」
軽い足取りで階段を下りながら尋ねると、レイリは首を左右に振る。
「いえ、私の知る限り空に浮かぶ島はここだけです。そしてこの島は魔王様ご自身が作られたと記憶しております」
「ほー、この階段の仕掛けもか? なかなかやるな昔の俺様は」
感心しつつ、階段の周囲を覆う土壁に目を向ける。
壁面はデコボコしていて無造作に掘り進めたように見えるが、強度はきちんと考えているのか崩れる気配はない。
また、照明設備が見当たらないにもかかわらず、視界全体がぽわっと明るく歩きやすかった。
おそらく土壁自体が光を放っているのだろう。
魔法ではなく、そう言う特性を持った土のようだ。
(ふーむ、自然物を照明代わりに使うとはなかなかセンスがいいな)
そんなことを思っているうちに階段は終わり、開けた場所に出た。
地下にもかかわらず天井はかなり高く、頭上には光球が輝いている。
壁や床には木材を使っているようだ。
恐らく、森の一部を伐採したのだろう。
部屋の中央には黒い円卓。その周囲には高い背もたれの立派な椅子が6脚置かれていた。
魔王と五天魔が座る席は常に用意しているというわけだ。
(しかし……)
リオンは室内を観察しつつ思う。
(なんか意外と普通の場所だな。観葉植物まで置いてあるぞ。魔王軍の本拠地っていうからもっとオドロオドロシイ不気味な感じを想像してたけど、むしろ明るいというか、オシャレな喫茶店みたいなノリだ。部屋の奥に通路が見えるから、向こう側にもなにかの施設があるんだろうけど、たぶんここと極端に造りは変わらないだろうし……)
と。
「ふんふふーん」
その通路から上機嫌に鼻歌を奏でつつ、少女が一人やって来た。
年齢は10代前半くらいだろうか。
茶色い髪の毛をツインテールにして、猫のような動物が描かれた白いシャツに、青いショートパンツをはいた、愛嬌のある顔立ちの少女だ。
彼女はポシェットのような小さなカバンのひもを手で持ち、くるくると振り回していたが、こちらに気付いたらしくパッと笑顔になった。
「あっ、魔王様じゃん!」
そしてこちらに駆け寄ろうとして、すぐにその足が止まる。
「ま、魔王様、そいつ誰……!?」
どうやらリオンの隣に立つユナの存在に気付いたようだ。
魔王と五天魔しか立ち入らないはずの場所に見ず知らずの少女がいたら驚くのも当然だろう。
「なんでバッグから女の顔が飛び出してんの!? っていうかそいつ勇者じゃない!?」
(違った、リーリアのほうか……)
たしかにスポーツバッグから顔だけ出してる勇者は、リオンがあらためて見てもインパクト抜群だ。
どう説明したものか悩んでいると、のんびりとした声とともに通路の奥からさらにもうひとり少女がやってくる。
「もー。急に走ったらダメだよー、ミャオちゃん。お姉ちゃんはくたくたなんだから~」
最初に出てきた子より年齢的には多少上の、10代半ばくらいだろうか。
茶色い髪を肩まで伸ばし、袖が長いだぼだぼの白いセーターに黒色のミニスカートをはいた、ゆるゆるとした印象の少女だ。
「あれ? 魔王っちだ。おっすぅ~」
「お、おう……」
右手を上げてハイタッチを求める様な挨拶に困惑していると、彼女はへらへらと笑いながら腕を下ろした。
「相変わらずノリ悪いなあ、魔王っち。でもそんなところが好きだよ。ラブ!」
そういって指でハートマークを作りながら、ばちこーんとウインク。
「ははは……どうも」
リオンはハイテンションな女子が苦手なタイプだった。
対応方法が分からず死んだ目で曖昧に微笑みを浮かべていると、意外にも彼女はそれをスルー。
その視線はリオンの隣に向けられていた。
「あれれ? 誰その子?」
「わっかんない。バッグに詰め込まれてるのは勇者みたいだけど」
「あっ、ほんとだ~。隙間から顔が生えてる~。意外とあどけない寝顔ぉ~」
そんな会話をしながら、興味深げにこちらに近寄ってくるふたり。
「…………」
気圧されるようにユナが一歩後ずさった。
(ああ。そうか)
その反応を見てリオンは思い出した。
このふたりは魔族――それも五天魔の可能性が高いのだ。
いくら無害な少女に見えたとしても、警戒はしておくべきだろう。
「あー悪いがあんまり近寄らないでもらえるか。ユナが怖がってる」
庇うように前に出るリオン。
しかしあまり意味は無かったようで、ふたりにささっとかわされてしまった。
「へー、ユナちゃんっていうんだ~。かわいい~。お洋服もステキだねぇ」
「怖いってなに? ミャオは別に怖くないじゃん」
屈みこんで目線を合わせ、笑顔でユナのゴスロリ服に指を伸ばしちょっかいをかけるゆるふわ少女と、ツインテールを揺らしながらその場でふんぞり返る強気な少女。
両極端な反応を見て、リオンは眉をひそめる。
(ミャオ? ニャオ? たぶんこのふたりの名前なんだろうが……似すぎてて憶えづらいな)
「まあたしかに、ニャオは怖いかもしんないけどさ」
「なにそれ! お姉ちゃんは別に怖くないよね!? ね!?」
「ほらすぐ怒る。魔王様もニャオの方が怖いって思うでしょ?」
「思わんな」
ツインテール少女の問いに、リオンは即答した。
「というかそもそもニャオとミャオの見分けがついてない」
本音を付け加えると、ツインテール少女は驚いたような表情を浮かべながら、ギュッとリオンの腕を取った。
そして身体全体を押し付けながら、挑発的な上目遣い。
「もー魔王様、つめたぁ~い。ふたりであんなに熱い夜を過ごしたばっかりなのにぃ」
するともう一人の少女がギョッとした様子で立ち上がる。
「ええっ!? 魔王っちといつのまにそんな関係になったのミャオちゃん!?」
「キャハハ! なにこいつキッモ! ミャオの金魚のフンの分際で、動揺してやがんの!」
「もー! またお姉ちゃんをからかったなぁ!」
怒っていてもゆるゆるとした雰囲気の姉と、常に相手を小ばかにしたようなツンとした態度を取る妹。
顔立ちにしろ話し方にしろ受ける印象はかなり違うが、どうやらこのふたりは姉妹らしい。
身体を押し付けたまま嘲笑の言葉を吐き続けるツインテ少女を適当に手で追い払いつつ、リオンは内心うんざりしていた。
(なんだこのテンションの高さ。本当に魔族なのか? なんかもっと邪悪な感じを想像してたんだが……)
「あら? 魔王様が戻られたのね」
騒ぎを聞きつけたらしく、さらにもう一人通路の奥からやってくる。
ウエストを絞ったニットのワンピースを着た、上品で落ち着いた印象の女性だ。
年齢は20代後半くらいだろうか。
髪色は薄い紫色。
毛先が軽く内側に巻いていて、オシャレな印象を受けた。
(よかった、この人はまともそうだ)
「ふわーあ」
けれどそのまともそうな女性は、大きなあくびを浮かべながらその場に崩れ落ちる。
そして床のうえで縮こまってぐうぐうと眠り始めた。
リオンはそれを呆然と見つめる。
(……まじでなんだこいつら……? クラスの騒がしい連中だって、もう少し落ち着きがあるぞ……)
「こらー! だめだよ、そんなところで寝ちゃ! ほら、起きて起きて! そしてこっちに座って座って!」
ゆるゆる少女は腕を振り上げながら眠りこけた女性に駆け寄ると、彼女の身体をずるずると引きずり、円卓前の椅子に座らせている。
「うぅ~ん……」
「ふぅ~これでよし!」
「ほんと世話が焼けるよね。ふたり揃ってさ」
「あれ!? なんでミャオちゃんがやり遂げた感出してるの!? 見てただけじゃん!」
「えーそうだっけ? でもいつもはミャオがふたりの世話をしてるんだし、大差なくない?」
「大差あるぅ! いつもおねえちゃんが、ミャオちゃんのお世話してあげてるぅ! 今回も街の制圧をサボってたから手伝ってあげたぁ!」
「別に頼んでないもーん」
「なにそれ! もう手伝ってあげないからね!」
「ぐー……ぐー……」
わーわー騒ぐ2人と、ぐーぐー眠る1人を眺め、リオンはうんざりとつぶやいた。
「なんか魔族って騒々しいやつが多いな……」
「へえ。そいつは俺も含まれてんのかい?」
「ん?」
背後からのそりと現れたのは、大柄な魔王の身体よりもさらに大きい、がっちりとした体格の偉丈夫だった。
年齢は20代後半くらいだろうか。
赤い短髪。強面で筋骨隆々。着崩した黒いスーツのような服装が見た目とはややちぐはぐな印象を受けるが、明らかに力自慢タイプだ。
男は威嚇するように、リオンに顔をぐっと近づけてくる。
「俺も魔族だが、その騒々しい連中とやらに含まれてんのかって聞いてんだよ、魔王様よぉ」
妙に喧嘩腰だ。
その圧迫感に慌てたリオンは、身体をのけぞらせながら思ったことをそのまま伝える。
「いやお前はあれだ。どちらかというと顔面が騒々しいタイプだな。良い事だと思う。インパクト抜群で、次に会った時にも忘れ無さそうだし」
「そうかい。あんがとよ」
男は嫌味と捉えたようで、グッと噛み殺さんばかりに睨みをきかせてから、円卓の前の椅子に座った。
リオンの傍らに控えていたレイリはそれを確認してから、スッと背筋を伸ばす。
そしてリオンを見据え、きりっとした表情で告げた。
「魔王様。今ここに五天魔が揃いました」
「まじかよ……」
リオンはちょっと引いていた。
薄々そうではないかと思っていたが、どうもこの五人が五天魔らしい。
魔王軍の幹部という重要ポジションでありながら、まともそうなのがレイリくらいしかいない。
おまけで強面男を入れたとしても、たったのふたり。
これは想像もつかない事態だった。
(というかこんな連中をまとめてた魔王って、すごくね……?)
感心さえしてしまう。
すると、赤髪男が机の上に脚を投げ出し仏頂面で喋り出す。
「それで? テメエがわざわざここに顔を出すたあ珍しいじゃねえか。なんの用だよ」
(魔王に向かってテメエ呼ばわりか。態度も悪いし、やっぱこいつもまともではないな。別にいいけど)
すでに諦めの境地に達していたリオンは、大人しく席に座りごほんと咳払い。
そしてゆっくりと口を開いた。
「それなんだが……。本題に入る前に皆に説明しておきたいことがある。実は俺様は記憶を失っていてな」




