婚約破棄されましたがそのご令嬢、どちら様ですの?
王家主催の夜会にて。
きらびやかな装飾や花のように色とりどりのドレスを着た令嬢たちで華やかな王宮の大広間。
その最奥、玉座の正面で婚約者であるエドモンド王太子殿下が声を張り上げた。
「セラフィーナ・ベネディクト!」
名前を呼ばれれば前に出る。エドモンド殿下は傍らに栗色の髪の愛らしい令嬢を抱いて、私を蔑んだ目で見ていた。
「お前はこのリリーに対し、醜い嫉妬で卑劣な嫌がらせをした!そんな女は王太子妃、未来の王妃にふさわしくない!よって今ここで婚約を破棄することを宣言する!」
王族らしいよく通る声が響くと、リリーと呼ばれた令嬢は殿下の胸に怯えるように頬を寄せて、髪で隠れた口元がニヤリと笑みを浮かべていた。
殿下は続けて嫌がらせ……水を被せたり、わざと足を引っ掛け転ばせたり、ドレスを破ったり、アクセサリーを盗んだり壊したりという内容を述べていく。
侯爵令嬢がまさかそんなことを……というような囁き声と視線を浴びながら殿下の供述が終わるのを待つと、静かに手を挙げた。
「ひとつ、よろしいでしょうか」
「謝罪か?弁明か?いいだろう、聞いてやる」
「そちらのご令嬢……リリー様と仰いましたか?私、あなたとは初めてお会いするかと思います。失礼ですが家名を教えていただけますか?」
「はっ。白々しい。リリー・リコット子爵令嬢だ!何度も会っているだろう?」
嘘をつくなというような目で見てくるエドモンド殿下。
周りの同じ年頃の令息令嬢も怪訝な顔で見てくる。
私は王太子妃教育はたまた王妃教育でこの十年ほどお茶会には出ておらず、また貴族学園にも通っていないため、同じ年頃の令息令嬢については貴族名鑑でしか知らないのが現状だ。
エドモンド殿下は見聞を広めるために貴族学園に通っているため顔は広いわけだけれども。
「リリー・リコット子爵令嬢については存じております。ですが、殿下の隣にいらっしゃる方はそのリリー様の義妹のココ・リコット子爵令嬢です」
「は、何を言っているんだ……ココ?彼女はリリーだ!」
「十三年前にお茶会でお会いしたリリー様は銀糸の髪とアメジストの瞳でした。お顔立ちも、リリー様は儚い美しさをお持ちです。その数年後にリコット子爵家には後妻と連れ子が入り、その連れ子こそ殿下の隣にいらっしゃるココ様です」
喧騒が大きくなる。何を言っているんだと困惑の声も上がるが、私こそ周りが何を言ってるんだと困惑する。
まだ五歳に満たない子どもたちの顔合わせの意味で母たちに連れてこられたお茶会で、リコット子爵夫人に連れられていたリリー様を見た記憶がある。
それからすぐにエドモンド殿下の婚約者に選ばれてしまい、貴族の茶会に出ることはなくなり、王城で教育が始まったので、リコット子爵夫人が亡くなったこと、その後に後妻と連れ子が子爵家に入ったことは書面上で知ったことだ。
なぜ連れ子がリリーの名前で表舞台にいるのか。
青ざめた顔で何やら言っているリコット子爵夫婦のそばにリリーの姿はない。
「まさか……十三年の間、リリー様は一度も顔を出されていないのですか?デビュタントもココ様が……?」
「そんなはずない!セラフィーナ侯爵令嬢の記憶違いだろう!」
「エドモンド殿下。私の婚約破棄は承りました。ですが今一度、リコット子爵家についてきちんとお調べくださいませ」
エドモンド殿下は私がこの国の貴族についてすべてを把握していることを把握している。
だから私の意見に対して白い顔をさらに真っ白にしながら、リリー様……いえ、ココ様を抱いていた腕を離した。
結論から言うと、リコット子爵家はリリー様を幽閉していた。
前リコット子爵夫人によく似て美しく聡明なリリー様の立場を羨ましいと思ったココ様が、リリー様の立場や名前までも奪って子爵令嬢として立ち振る舞っていた。
私が出席したお茶会がリリー様の最初で最後のデビューだった。
優秀なリリー様は文字の読み書きや計算が出来るようになると幼いながらも子爵家のために働き、侍女よりも待遇が悪い中で、ただ生かされて過ごしていたそう。
私の知識を信用してくれた殿下のおかげでリリー様は十三年ぶりにリリー様として保護された。
家や他家との繋がりを大事にするため、貴族の虐待は一般的な虐待より罪が重く、リコット子爵、現子爵夫人、ココ様は爵位と財産をリリー様に献上し、鉱山に送られた。
「セラフィーナのおかげであの家族と縁を切ることができた。……感謝する」
「いえ。……嫌がらせについての調査も行ったのですか?」
「あぁ……事実無根だった。……ろくに調べもせずに婚約破棄など…愚かな行為だった」
「誤解が解けたのならよかったですわ」
エドモンド殿下は疲れた様子だったもののきちんと報告をしてくださった。
正義感の強い方なので、破れたドレス等を見たら事実だと思い込んでしまったのかもしれない。
けれど、その結果を甘んじて受け取り反省してる様子なので、私からは何も申し上げない。
「一度婚約破棄した手前、また私にというのは私の我儘になってしまう。だがセラフィーナの受けた王妃教育やその知識は無駄にしたくないと思う」
「はい……次の嫁ぎ先には悩んでおります」
「そこで……信頼できる男を紹介したいと思う」
パンッと手を叩いた合図と共にドアから入って来たのは全身真っ黒の礼服に身を包んだ美青年。
黒い髪に赤い瞳。エドモンド殿下が太陽のような美しさを表すなら、彼は月のような冴えた美しさを持っていた。
ウィリアム・パーシヴァル宰相が目の前に座った。
「ウィリアムとは年も大きく離れていないし、お互い初婚だし、それに彼は……」
「殿下、一度彼女と二人で話をさせてもらってもよろしいですか」
そうして城の侍女を残し、護衛騎士と共にエドモンド殿下は部屋を出ていく。
さてどうしよう。冷めてしまった紅茶を侍女が淹れ直していると、パーシヴァル閣下は一つ咳払いをした。
「私はずっと貴女を知っていた」
「え?」
「いや、語弊があるな……貴女が城で過ごしていた日々のことを遠くから見ていた」
幼い頃に淑女教育が終わると王太子妃教育が始まり、その頃になると室内ではなく城のあちこちを見て各所の業務内容について学んでいた。慈善活動で王都内の孤児院に訪問したり、災害があればその領地まで向かい支援活動をしてきた。
「貴女は、いつも微笑みを絶やさずに、使用人だけでなく身分の低い民たちにも変わらずに接していた。ドレスが土に汚れるのも気にしないほどに」
「それは慈善活動として当たり前のことで……」
「ただ優しいだけではない。支援の内容も指示も適切で、記憶力の良さに驚かされたことも多かった」
「……そんなに沢山の時間を見守ってくださったのですね」
私としては当たり前のことだった。
前回訪問したのに名前も覚えていないのは失礼なことだし、国民に寄り添うというのを自分なりに考えた、王太子妃としての言動だったから。
それを当たり前と思っていたのはエドモンド殿下も同じで、前回の視察はどんなことをしたのか、誰がいたのか、他国の使節団とはどんな対応をしたのか、国の伝統や来賓の趣向をすべて記憶して殿下をサポートしていた。
「貴女の強さは美しいと思った。けれど、私の気持ちは貴女に向けてはいけないと、貴女は国のために尽くしているのに、私の心は私のなかに留めて置くべきだと、……貴女が王妃になったその時は、貴女が愛した国を私も愛し、貴女を守ろうと誓っていたのだが」
月のような美しい人が、頬を赤らめてまで真剣に私に向き合っていた。
膝の上に置いた手が震えてくる。こんな風に愛をぶつけられることなんて、生まれてきてから一度もなかったのだから。
「貴女が婚約破棄された時は怒りを覚えた。だが、貴女は……自分の立場が崩れることより、一人の令嬢を救うことを優先した」
「あの時は婚約破棄のことより、リコット子爵令嬢のことが気になったからです」
「貴女はいつだって周りを、前を見ている。そんな貴女の背中を支えたいと、柄にもなく殿下に貴女への婚約の打診をしてしまい……」
「まぁ、殿下に?」
「ベネディクト侯爵家に求婚状を送って、沢山の釣書に埋もれてしまうより、貴女に直接求婚したかった。……余裕のない男でしょう?」
情けなく眉尻を下げて微笑むパーシヴァル閣下に私は、なぜだか強く心を動かされてしまった。
「その求婚、お受けいたしますわ」
「本当ですか?」
「パーシヴァル閣下は、私がこの国を愛してやまないことをご存じで……閣下自身もこの国を愛してるのでしょう?そんな相手と私は、夫婦になりたいと願っています」
そうして改めて侯爵家にパーシヴァル公爵家から書類が届き、婚約届を出してパーシヴァル宰相閣下……いや、ウィリアム様とは婚約者となった。
エドモンド殿下は判断を早まったけれど、彼は王太子であり私達同様にこの国を大切に思う方。
ウィリアム様と夫婦として、エドモンド殿下を支えつつ、この国を支えていく。
「セラフィーナ、愛してる」
赤い瞳が愛おしそうに溶ける。ウィリアム様のその顔が、この国と同じくらいに私の愛してやまないものの一つになっていた。
「ウィリアム様、私も愛してます」




