7.グリム・モルテスの独白
グリム・モルテスは死人だ。
戦場で死を遂げて以来、200年の間幽体として現世に留まっていた。
原因は自らの抱える未練。それを解消しない限りは、自ら消えることはなかった。
生前の種族は竜人。悠久の時を生きる希少な種である。
故に、死後の時間もそう長くは感じていなかった。
しかし、変化の無い日々は退屈だった。
そんな折、グリムはおかしな弟子を拾った。
漆黒の髪を持つ、吸血鬼の少女だ。
死体漁りにしては小綺麗な格好と、端正な面差しをしていた。
名はアルシア。
彼女は不可思議にも、侵入不可のミッドランドへと迷い込んだという。
外に出る方法を教えると、アルシアはそれを実践しようと試みた。
体を鍛え、技を覚え、魔物と戦う。
ここに至るまでおよそ2年近くを掛けた。
そうして漸く、この辺りでは手頃な、弱い魔物を一体仕留めるのを見届けた。
そこでグリムは、アルシア中に才能を見た。
とは言っても、剣術の才は大したことがない。
鍛えれば、辛うじて上の下辺りに到達出来るかどうか。
グリムの目を引いたのは、もっと別のものだった。
命のやり取りに対する、恐ろしい程の躊躇のなさだ。
相手の殺意に怯まない。殺すことに迷いがない。
そうして、訓練された兵士でさえ躊躇するようなあと一歩の間合いを、力強く踏み込んでいく。
その一歩が、拙いアルシアの剣を相手に届かせていた。
何ゆえ、そこまで思い切りが良いのか。
ただの怖い物知らずとは違うのか。
この手合を幾人か見たことがあるグリムは、見当がついていた。
彼女は、一歩でも退いたら死ぬと思っているのだ。
相手の喉笛を食い千切らん勢いで肉薄しなければ、死ぬのが自分だと理解している。
自分の脆さを知っているから、壊される前に相手を壊そうとしている。
修羅の剣。
グリムは、彼女の戦い方をそう呼んでいた。
うまく嵌まれば格上すら喰いかねない、殺戮の本能で振るう剣だ。
更に、ここでアルシアに自身の持つ剣術理論を教えれば、将来はきっと比肩する者無き英雄になる。
逆に放っておけば、すぐにでも命を落とすことは目に見えていた。
指南すべきか否か。グリムは逡巡したが、暇にもとうに飽きていた。
故に、その後どちらを選んだかは前述の通りである。
◇
肩口へ、アルシアの突き込みが襲う。
それを剣の腹で受け、弾き返す。
彼女は反動を利用し、一歩分間合いを取った。
『次はどうするんだったか?』
グリムはそう尋ねながら、手首を回して上段に剣を構えた。
「下段、横薙ぎ」
対するアルシアは、大きく踏み込み、腰めがけた横薙ぎ一閃を放つ。
即座に半歩退くと、それに合わせて刃が復路を辿った。
高い、金属のぶつかり合う音が鳴る。
「こっから三択だ」
アルシアは、無理に押し込もうとはしなかった。
刃を滑らせ腕を持ち上げ、上段からの振り下ろし。
グリムは対応するため、剣を翳す。
「正解」
再び剣のぶつかり合う音が響いた。
火花を散らして弾かれた剣は、攻めの手を緩めない。
その後も、グリムはアルシアの攻撃を淡々といなしていく。
「反撃しても良いんだぜ?」
『戯けが、受けてやっているだけだ』
アルシアの軽口に悪態を吐きながら、切り上げを受け流す。
まるで、動きの決まった舞を演じているかのようだった。
それはどちらも正解の行動を引き続けているから。
ほぼ完璧なアルシアの攻撃に対し、完璧なグリムの受けがあって成立していた。
けれど、本気を出せばいつでも攻勢に転じることは出来る。
それだけ、アルシアにはまだ隙があった。
『止めだ、一旦休憩にする』
一度間合いを取り合った直後。
グリムは剣を降ろして集中を解く。
「えっ? まだやれるけど……」
『已れが保たん。死人に無茶をさせるな。生者の時ほど動けんのだ』
その言葉を聞いたアルシアは、不満げに唇を尖らせた。
レイスが物を持ったり、動かしたり――こういった物理的干渉力を維持するのは、数時間が限界。
これ以上の無茶は、存在を消耗しかねない。
「分かった」
それを知っていたアルシアは直ぐに諦めると、溜息を吐いて適当な瓦礫に腰を降ろす。
端正な横顔は、ジッと己の持つ黒鉄色の剣を見つめている。
『……貴様、ここに来てどれくらいになる?』
「何だよ急に。えっと……4年くらい?」
アルシアの返答に、グリムの青い双眸が静かに細められる。
暫くは体を鍛えるのに使ったのを考えると、剣の指南をしたのは――たった2年。
煉灰流は帝国剣術や槍術を基に、はるか東方で学んだ刀術や柔術を取り込んだ独自の武術流派だ。
対人、対獣、対魔――あらゆる局面に対応出来る、完璧な戦闘理論を目指し、60年掛けて編み出した。
会得するのも、相応の難易度と時間が掛かる。
生前の一番弟子ですら、ここまで至るのに10年費やした。
しかしアルシアはその二割の時間で、グリムの教えを殆ど自分の物にしてしまった。
(あやつらとアルとでは、何が違った……?)
内心で、そんな疑問が浮かぶ。
その答えの1つは、間違いなく彼女の特異な体にあった。
アルシアの身体能力は、恐ろしい程に高いのだ。
その上、日々天井知らずに伸びていく。
摺り足の一歩、剣の一振り毎に成長しているかのような、摩訶不思議な体をしていた。
錬灰流を学ぶ上で、身体能力は最も大事な要素である。
理屈をそのまま反映させられる体の強さは、間違いなくアルシアの長所だった。
他に何かあるとすれば、反復練習を嫌がらないこと。
睡眠と食事を必要としない吸血鬼の体質を活かした、訓練時間の長さ。
それから、彼女は元々、独自の戦闘の型を持っていた。
時折、グリムにも予想の付かない動きをして、定石を崩してくることがあったのだ。
理論とも違う、言うなれば――無法者の喧嘩殺法に近い。
『アル、貴様ここ以外で戦闘訓練を積んだ経験はあるのか?』
「んー、学校の体育で柔道と剣道やってた以外だと……MMO――だと伝わらないか。えっと、現実じゃない仮想の世界で、何年もいろんな人と実戦を繰り返しやってた……みたいな? そういう遊びがあったんだよ」
『……奇妙な遊びだな』
剣士が観念稽古をすることはままある。
しかし、それを他人と行う方法があるなど、グリムは聞いたことが無かった。
ただ、アルシアが嘘を言っているようにも見えない。
(もしこれが事実であれば……)
元々持っていた高い身体能力に、蓄積された戦いの経験値。
だが、経験値は技術を伸ばすためのもの。
グリムが最高峰の理論と技術を噛ませたことで、今まで持て余していたそれが、アルシアの急激な成長を促した。
こじつけかもしれないが、そう考えると妙な納得感があった。
『……全く、死んだ後で弟子に恵まれる奴など已れくらいだろうな』
「ん? なんか言った?」
『なんでもない。それよりも、先程の組手で貴様は12回無駄な動きをしたが、分かっているのか? 全て答えてみろ』
「は? いやいや、流石にそこまではねぇだろ! 嫌がらせだ、絶対盛ってる!」
『喧しいぞ。師に口答えする弟子がどこにいる?』
そう叱ると、アルシアは唇を尖らせてそっぽを向く。
厳しくするのも、彼女の素養を信じているからこそ。
もしかすると、あの不浄なる化物を斃せる唯一の逸材かも知れないのだ。
(そうか……已れはこの少女に、可能性を見出したのか)
本当にそうだとしたら、彼女はいずれ死地へ赴くこととなる。
それが止められないことだと分かっている。
けれど、その将来を想像したグリムは微かに、そして確かな恐怖を感じた。
彼女を失うかも知れない未来が訪れることに。
面白い、続きが読みたいと思ったら下の星を沢山付けて頂けると作者のモチベーションが上がりますので何卒よろしくお願いします




