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6.修行

 グリム・モルテスとの師弟関係が成立した翌日。

 住処にしている砦の中庭にて。

 

 瓦礫と武具の散乱する戦場跡を、師匠(グリム)がゆっくりと見渡していた。


『死の記憶が濃い場所ほど、戦いの理を教えるのには向いている』


「開口一番物騒だな、おい」


『剣とは技術にして、死を司る理でもある。自分が如何様な力を振るうかを自覚していた方が、成長は早い』


 師匠はそう言うと、近くにあった棒切れを念動力で持ち上げる。

 古びた槍の残骸だ。それを俺に投げてよこした。

 穂先は失われ、ただの鉄の棒に成り果てている。


「これ、剣じゃなくて棒だけど……」


『貴様は腕だけで得物を振るっている。剣――いや、武器全般に言えることだが、これらは体全体で扱うものだ。動きを矯正するのに、まずは棒切れで十分だろう』


「なるほど、それっぽい理屈だな」


『理屈を理解せぬまま剣を振るうなど、ただ暴れているだけに過ぎん。それでは戦場で一歩出遅れる』


 徐ろに近くまで寄ってきた師匠の手が、煙のように動いた。

 その瞬間、棒が弾かれ、俺の手から抜け落ちた。


「っ、早っ!?」


『それから……貴様は随分と速さに自信があるようだが、剣の速さとは、手足の速さではない。敵を見て、次の動きを“選ぶ”時間をどれだけ削れるかで決まる』


「……反応速度の問題じゃないのか?」


『違う。戦場では、敵の動きは無数にあるようで、大別すると実際には十にも満たん。その十への対応を覚えておけば、考えるより先に身体が動く――それが速さだ』


「なるほどな、テンプレ対応ってやつか」


『てんぷれ?』


「あー、えっと、定石、定石みたいなもんだ」


『……ふむ、言い得て妙だな、確かにこれは定石に近い。予め手を考えておき、そこから常に最善を選び抜く。当たり前の事のように聞こえるが、完璧に出来る者は殆どいない』


 師匠は靄がかった腕を胸の前に構えた。

 まるで剣を握るような姿勢。それだけで、空気が張り詰める。


『構えろ。望み通り、今から実践で以て理屈を体に叩き込んでやる。学べなければ、死ぬぞ』


「……え? おい! 今死ぬって言った!?」


 声を荒げる暇もなく、視界がひっくり返った。

 背中を強く打ち、数拍息が止まる。

 一瞬のうちにまた棒を弾かれ、足を払われていた。


「痛ってぇ……」


『立て、もう一度だ。それとも、もう音を上げるか?』


 その声音に容赦の二文字は無い。

 師匠は多分発破を掛けると同時に、俺を試している。

 だが、俺だって7年トップ層と戦って来たプレイヤーだ。

 

「……やってやろうじゃねえか」


 煽られるのも、それに応えるのにも慣れている。

 望み通り、乗っかってやろうではないか。

 






 棒を握る手が汗ばむ。

 仮想ではない重みに腕が痺れている。

 あれから数時間、俺は師匠と対峙し続けていた。

 

 現在は体の動かし方と、理論を同時に叩き込まれている。

 スパルタ以外の何物でもないが、教え方は絶妙で飲み込むのは容易だった。


 しかし――この幽霊は半実体ながら、剣を振るう姿からは異様な圧が感じられる。

 剣筋は鋭く、力任せではない計算された動きだ。

 生身の体があれば、アシスト込みの俺でも勝てないかもしれない。


『構えを崩すな、足を浮かせず重心を安定させろ……よし、来い』


「手加減しねえぞ……っ!」


 俺は一歩踏み込み、棒切れを振り上げる。

 《レイヴエッジ》――光を纏った斬撃が閃き、風が舞う。

 しかし、師匠は一歩退いただけで、この一撃を躱した。


「クソッ……」


『今の斬撃。良い切れ味だが、見てからでも避けられる。何故か分かるか?』


「読まれたから、だろ」


『その通り、大分理解って来たな』


 師匠は片刃の剣を肩に掛け、淡々と続ける。


『何度も言うが、戦いにおける速さとは動きの素早さのことではない。相手の初動に対し、次の定石を即座に選ぶ力だ。貴様の攻撃は見て、考えて、選んで、それから動いている。已れは見て、定石を選んで、避けた。貴様より動き出しまで一手少ないのがわかるな?』


「それが難しいんだって! どうやったって次は何しようか考えちゃうんだよ……」


『相手の動きに対する解答を予め用意して、視認した瞬間に動き出せ。そうすれば対応の初動は格段に早くなる。万一読みが外れても、修正する時間があるくらいにはな』


「つまり、パターンを認識して行動を最適化する……ってわけか。なんか、AIの戦闘アルゴリズムみたいだな」


『……その言葉の意味は知らんが、理屈は同じだ。だが、覚えただけではまだ手落ちだ。本当の速さは、敵の動きを見切る前に動けるようになってからだ』


「見切る前に、動く……?」


『数手先まで読め、ということだ。自分の定石に対し、相手がどういう行動を取るかまで考えろ。それが已れの剣術――"煉灰流"の基礎だ』


 そう言い終わるや否や、師匠の腕が霞んだ。

 それを見て、俺は咄嗟に棒切れを盾代わりに掲げる。

 しかし次の瞬間、剣の峰が首筋に当てられていた。


『今のは已れの攻撃を見て動いた貴様の体勢、視線、重心――それらすべてから、次に貴様が防御する軌道を予測した。つまり、俺は未来を“見た”のではなく、“選んだ”のだ』


「未来を、選ぶ……」


 師匠は一歩下がり、姿勢を戻す。

 その双眸の奥が、わずかに青白く光った。


『もう一度やる。次は、考えるな。構えを取る時点で、もう1つ先の選択をしろ』


「難しそうだけど……やってみるよ」


 俺は深く息を吸い、上段に構える。

 直後、眼前の影法師のような、師匠の体がブレた。


 ――――来た、早めの中段横薙ぎ。


 動きが見えた次の瞬間、思考を飛ばして体が動いた。

 即座に、予め考えておいた通り、棒切れを降ろして攻撃を弾く。

 師匠の剣と打ち合って金属音が響き、読みが当たったことを悟った。

 

「……これが、"煉灰流"か」


『まだ形だけだ。だが、悪くない。貴様は理屈で剣を振るう時、理屈を理解した上で“感覚”に落としている。それは珍しい才だ』


「褒め言葉として受け取っておくよ」


『では、次の稽古だ。武器を置け、素手の組手をするぞ』


「は!? いきなり!? 剣術の稽古だろ!?」


『剣を離れても定石は同じだ。敵が手を上げれば胴を攻め、足を踏み出せば体幹を奪う。無手であっても、それができて初めて、“武の理”を理解したと言える』


「マジか……こりゃ剣士っていうより、戦士か兵士の訓練だな……」


 そう呟く間もなく、師匠の手刀が首筋を掠めた。

 紙一重で避けると、彼は笑った。


『悪くない。では、素手で已れに一本取れるようになるまで叩き込むとしよう』


「待て待て、一本って……何年掛かると思ってんだよ!?」


『安心しろ、已れの体では肉体に影響(ダメージ)はさほど無い。死にはせん』


「いや、そういう問題じゃないんだけど……?」


 その日から暫く、中庭では悲鳴と叱咤の怒号が響き渡ることとなった。

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