5.上手く行かない実戦
持ち上げるバーベルの重量は日に日に増した。
STR上げに移行して1年が経った今、重さで言えば500キログラムをゆうに超えていた。
鉄の塊を背中に乗せて片腕立てをしたり。
鎧を着て懸垂をしたり、走り込んだりもした。
「全然上がんねぇ!」
けれど、それと反するようにステータスの上がり方は緩やかになっていた。
いや、正確に言えば殆ど上がらなくなっている。
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【名前】アルシア・フレアウォーカー
【ジョブ】デュエリスト
【種族】吸血鬼(貴き血族)
【レベル】69
【HP】416 / 416 【MP】10 / 10
【STR】30 【AGI】31 【VIT】20 【DEX】4
【INT】1 【MAG】1 【MIR】2 【LUK】3
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今、レベルは70に迫りつつある。
STR30という値は100レベル付近のプレイヤーが、そこそこの優先度で上げている程度か。
このレベルにしては高く、同レベル帯の敵ならワンパンも視野に入る。
「まあ、目標値は到達したし筋トレは一旦終わりで良いか……」
俺はそう呟くと、自作のトレーニング機器を部屋の隅にやる。
これらの出番はほぼ無くなるだろう。
けれど1年も使って思い入れがあるので、残しておくことにした。
ちなみにジョブは[盗賊]から一段階進化した[デュエリスト]になった。
別派生の[怪盗]より戦闘に特化し、特に1vs1や少数戦に強いスキル沢山取得出来る。
そして次にやるのはそれに関連したこと。
俺はジェスチャーでシステムウィンドウを表示。
そこからスキルのタブを開く。
「スキルシステムはゲームの頃と変わりなさそうだな」
画面には膨大なアイコンの数々と、それを繋ぐ白い線。
遠目に見れば銀河か、ニューロンかと見紛う程に多い。
これら1つ1つが全てスキルであり、当然全部を取得することは不可能な数だ。
『アルシア、何を見ているのだ?』
「ん? ああ、気にしないで」
画面を睨む俺に、グリムが怪訝そうな顔で声を掛けてきた。
NPC――現地人にはゲームのシステム的な部分は視認出来ない。
傍から見れば、パントマイムでもしているように見えるのだろう。
こればかりは説明しても無駄なので、適当に流しておく。
「……まずは種族スキルからか? いや、その前に汎用の必須スキルから取った方が良いかな」
画面をスワイプして縮小すると、3つの大きな塊が現れる。
これらはそれぞれ[種族スキル][汎用スキル][職業スキル]と大別されているものだ。
俺は最初に種族スキルを選択。
ここからレベルアップボーナスで得られるSPを割り振っていく。
スキル取得に必要なポイントはまちまちだが、最初は1~3程度で済む。
「《吸血》と、《凝血》はマストとして、あとは取り敢えず《活性》でも取っておけば良いだろ」
吸血鬼の種族スキルは、伝承にある能力を基にしたものが多い。
今回取ったのは攻撃時、与ダメに応じて自動的にHPを回復する《吸血》。
ダメージを受けた時微量のHPが回復する《活性》と、状態異常に掛かりにくくする《凝血》だ。
「次は汎用から……」
汎用スキルは文字通り、全プレイヤーが共通して取れるスキル。
ここから対象ユニットの詳細情報を得る《解析》、一定範囲内の索敵を行える《探知》を取得。
他の汎用スキルは、俺のビルドだとほぼ取らない。
最後に職業スキル。これが一番多い。
俺の初期職業[盗賊]とそれに連なる[デュエリスト]は素早く隙の無い攻撃スキルと、役立つ移動スキルが揃っている。
絶対取るのは《レイヴ・エッジ》《シャード・ラッシュ》《アサルト・レイス》の3つ。
これらは序中盤の主力となるスキルたちだ。
前から順に強化攻撃、ダッシュ、背面ブリンクの効果があり、更に3つとも強力な派生スキルがある。
後はバフや純粋な移動スキルを8つほど取得。ポイントは保険に三分の一程残しておく。
70レベルでこれだけ取れれば十分だ。
これで筋トレに頼らないレベリングの準備は出来た。
◇
"暴力を制するのは、より強い暴力である"。
これは前世で色々あった結果、俺が悟った境地の1つだ。
嬉々として暴力を振りかざす相手に、説得は通じない。
有り体に言えば、法律を意に介さず人を傷つける輩に出くわした時、そいつに司法の裁きが下るのは自分か――大切な人の命が失われた後のことだ。
ならば己の尊厳を、誰かの命を守るには、より圧倒的な暴力で以て叩き潰すしかない。
そうするしか無かった筈なのに、俺は気付くのが遅かった。
だから二度と躊躇はしない。
今置かれている状況では特に。殺すことを躊躇えば、死ぬのは自分だ。
◇
砦の外。
結界の外縁部に近い、比較的モンスターの少ない場所。
そこを選んで、俺は手頃な相手を見つけていた。
犬のような四足の魔物――灰色の皮膚に骨のような突起。
[解析]で調べたところ、名前はヴォルクルと言うらしい。
最初に出会った奴よりは小さく、レベルも75程度だ。
「さーて……2年分の筋トレ成果、見せてやろうじゃないの」
俺は腰に提げた直剣を抜く。
懐かしい重さ、グリップの感覚は嘗てのゲーム通り。
しかし、"実際に"動く体は、まだ何処かぎこちなかった。
相手がこちらに気づき、低く唸って飛びかかってくる。
「――《レイヴ・エッジ》!」
内丹――体内の闘気が、剣を握る手に集まる。
それが柄から剣身に渡り、淡い赤光を帯びた。
《レイヴ・エッジは》闘気を籠めた強撃。
序盤に使えるスキルだが、十分な威力は保証されている。
だが、足の運びと腕の振りが、わずかに噛み合わない。
振り抜いた一閃は、魔物の胴を浅く裂くだけに終わった。
「くそっ! やっぱ感覚がズレるな……」
今のはゲームなら余裕でこなせていた動作だ。
しかし、モーションアシストが無くなったせいで、体が上手く動いてくれない。
それが一拍、1秒、1フレームの遅れとなって表れてくる。
ヴォルクルが咆哮し、再び突進してくる。
俺は息を整え、右足を引いた。
「《シャード・ラッシュ》!」
スキルの発動と共に足元が爆ぜ、地を滑るように突進。
やはりこれも刃の角度が浅く、狙いを外した。
代わりに風圧だけが相手の毛皮をなで、切り損ねる。
「やっ――べぇ!? 《アサルト・レイス》!」
慌てて反撃を避けるためにスキルを使って霧と化し、背後へ回り込んだ。
滑らかではないが、なんとか動きが繋がる。
肩越しに構えた刃が走り、灰色の犬の頚椎を叩いた。
ヴォルクルが高く鳴き、地に崩れ落ちる。
「おっふ……あっぶねぇ……」
息を吐くと、肺の奥が焼けるように熱い。
今のが決まってなければ、反撃を貰っていたところだ。
「何か、水中で動いてるみたいな感じだったな……」
スキルの繋ぎも、詠唱キャンセルも頭ではわかっている。
けれど、プレイヤーとしての感覚と、実際の動きの間に大きな差があった。
やりたいと思った行動のプランに、体が追いついて来ない。
まるで衛星中継の映像のような遅延。
ゲームと同じようにやれば大丈夫だと思ったが、そう上手くは行かないらしい。
一度、戦い方を見直す必要がありそうだ。
『――妙だな』
「うおっ!? いつの間に……」
背後で聞こえた声に驚いて肩を跳ねさせる。
振り向くと、いつの間にかグリムが腕を組んで見下ろしていた。
赤い双眸が、静かに俺を射抜いている。
『所々の技に鋭さはあるが、逆に残りの動きはとても稚拙だ』
「言われなくてもわかってるよ。全然ダメだ、動きが遅すぎる」
『否、そうではない。貴様の行動には理が無いのだ。ただ、威力の高い技を当てることばかりを考えている』
「まあ、そりゃあ……ゲームの中じゃそういうもんだったからな」
『ゲーム?』
「あー……えっと、まあごっこ遊びみたいなもんかな。だから、あんたの言ってることは正しい、かも……うん」
グリムは納得したように頷いた。
それから、少し口調を柔らかくする。
『だが、それでこれだけ動けるのは尋常ではない。正しい理論を学べば面白いものが見れそうなだけに、惜しいな』
「それ、褒めてんのか?」
『事実を述べたまでだ』
その言葉は褒める、というよりも挑発しているように感じられる。
あれだけ大言壮語しておいてこの程度か、と。
或いは、能力を持て余していることに対する皮肉か。
『貴様に1つ、問おう。剣を学ぶ意志はあるか?』
「学ぶ……?」
『この地を出るつもりなら、力が要るだろう? 已れがそれを貴様に与えてやる』
俺は直剣を鞘に戻し、眉を顰めた。
何故そのような提案をするのか、素直に疑問だったからだ。
『ああ、そう言えば已れの経歴をまだ話していなかったな』
「帝国の将軍だろ。だったら強いのは何となく分かるけど、なんでまた急に……」
『已れは軍人である前に剣士だった。嘗ては流派を立ち上げたものだが、この通り始祖が死して廃れてしまった』
「それを俺に継げ……と?」
俺の問いに、グリムは首肯する。
「なるほど、アンデッドの剣士にスカウトされる日が来るとは思わなかったな」
『断っても構わん。だが、今のままでは遅かれ早かれ死ぬぞ』
正直流派の後継など興味は無いが、この話は渡りに船だ。
グリムの言う通り、ゲームでは絶対強者だった俺も今はただの素人。
まともな技術も持たずに戦えば、死ぬのは目に見えている。
「……確かに断れる立場でも無いか。いいぜ、あんたの剣を継いでやるよ」
『ふ。では、しばし付き合ってもらうぞ。貴様は今日から已れの弟子だ』
その言葉に、久しく忘れていた"師"という言葉を思い出す。
誰かに何かを教わるのは、一体何年ぶりだろうか。
幼い頃、祖母に料理を叩き込まれたのが懐かしい。
「じゃあ……まあ、よろしく頼むよ、師匠」
自然と溢れた笑みのまま、俺はそう言った。
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