4.筋トレは全てを解決する
地面にチョークで描いた格子。その上で、ひたすら足を踏み替える。
端から見れば珍妙だろうが、本人――俺は至って真剣だ。
これはラダートレーニング。
敏捷性、つまりAGIを鍛えるためのもの。
素早く動くための足さばきと瞬発力を養っている。
『……踊っているのか?』
「違う! 鍛錬だって言ってるだろ!」
これを見て、グリムは今日も首をかしげている。
俺だってまさか異世界でこんな事をするとは思ってもみなかった。
俺は今、レベル1だ。
周囲に出るモンスターと戦えば一撃で殺されかねない。
勝ち負け以前に、まともに戦うことすら難しい。
だから、戦わずレベルアップするにはこれしかなかった。
LAOでは、レベルとステータスの関係が逆だ。
行動すれば対応する能力に経験値が溜まり、一定で数値が上昇する。
そして、その上がった数値の合計がレベルになる。
例えばSTRが1、AGIが1増えれば[レベル3]になるという仕組みだ。
このラダートレーニングも、AGIとSTRに微量な経験値が入る。
実戦より非効率とは言え、いずれステータスとレベルは上がる筈。
「……今は、方法を選んでる場合じゃないからな」
愚直に足を動かしながら、小さく呟いた。
まずはAGIを底上げして、"動ける"身体を作る。
俺の育成方針は元のデータと同じだ。
STRとAGIを最優先、次点でDEX、VITは最低限。
筋力、敏捷、技量に振った純近接ビルドを目指し、他は自動上昇に任せる。
本当なら安牌はHPや防御にもステ振りをしたバランスビルドだが、今の環境だと実践するのは難しい。
防御ステータスは敵の攻撃を受けないと上がらない。
また、STRやAGI、DEX以外のステータスも専用の道具がないと上げられないからだ。
あとはロマン。主義、思想と言い換えても良い。
防御を捨てた火力特化ビルドはロマンだ。
ピーキーだが、プレイヤーの技量が高ければその分応えてくれる。
自分が強くなればなる程、他の追随を許さず成長していける。
この土地を出るには圧倒的な力が必要だ。
日和って防御振りにした結果、火力が半端になるより、少ない手数で敵を倒した方が生存確率は上がる。
もしかすると、これが一番合理的なビルドかも知れない。
「……いや、それは流石に無いか」
そう思ったのも束の間。
改めて考えてみて、やっぱりピーキーに違いはないと苦笑を漏らした。
◇
あれから10ヶ月が経った。
何故そんな正確な日数が分かるのかと言えば、メニューを開いたら現在日時が出ることに気付いたのだ。
ただ、暦の表記はゲーム内のものに変わっている。
現在は星暦2039年12月。
季節としては冬だが、結界内の環境に変化はない。
この間に俺がやったことと言えば、筋トレと足回りの強化だけ。
吸血鬼は種族柄、通常の食事や睡眠を必要としない。
お陰でほぼ全ての時間をトレーニングに費やし、AGIを上げ続けられた。
現在の俺のステータスはこうなっている。
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【名前】アルシア・フレアウォーカー
【ジョブ】盗賊
【種族】吸血鬼(貴き血族)
【レベル】27
【HP】105 / 105 【MP】10 / 10
【STR】10 【AGI】25 【VIT】3 【DEX】4
【INT】1 【MAG】1 【MIR】2 【LUK】3
===================
STRが5から10に。
AGIは3から25まで上がった。
25という数字は150レベル前後のプレイヤーが、最低限AGIに割り振る値と同値。
とはいえ、あくまでAGIを重視しないジョブの配分だ。
ここから更に伸ばしていく予定ではある。
「の、前に次はSTRだな」
そう呟き、俺は砦の隅に積み上がったゴミの山へ視線をやった。
石、折れた槍、潰れた鎧。どれも人が担ぐには不適切だが――
「よし、即席バーベル完成っと」
取っ手に剣の鞘、そこに通した鎧の残骸を紐で縛り、瓦礫を詰めてバーベル代わりにする。
「……ぬおおお……っ! 重っ!」
俺は半ば自分を鼓舞するように叫びながら、バーベルを担いでスクワットをする。
腿に負荷が乗るたび、ステータスウィンドウのSTR欄が微かに点滅。
その下で、少しずつ経験値バーが増加している。
地味だが、確かに数値は積み上がっていた。
『妙な鍛錬だな。戦場荒らしか何かに見えるぞ』
「筋トレだっての!」
『そんなことをして何になる。多少鍛えた程度で、どうにかなると思っているのか?』
「多少じゃねえよ……! 限界までに決まってんだろ、これはその下準備ッ!」
口を挟むグリムに、息も絶え絶えに言葉を返す。
今やっている筋トレは、より効率の良いレベリングの為の土台作りに過ぎない。
逆にこれでレベルを200まで上げるなんて狂気の沙汰だ。
『ならばもっと姿勢を良くしろ、上半身だけで持ち上げていては効率が悪い』
「お前は俺のコーチか何かか?」
ツッコミを入れている間も、着実に増えていく経験値を横目に汗を流す。
今、この体に掛かっている負荷が全て経験値になっていると思えば、辛くはなかった。
「……ところでさ、なんで戦争なんか起きたんだ?」
『聞いてどうするというのだ』
「ちょっとした雑談だよ、ずっと筋トレしてると気が滅入るからな」
少し余裕が出て来ると、今度は頭が暇になる。
丁度いいので、ずっと気になっていたことをグリムに尋ねてみた。
『……我が祖国、オスカント帝国の第二皇子が殺された。それも隣国ルグリアの貴族の手によってだ』
「200年前の皇子様?」
『ああ、あれが全ての始まりだった』
すると、彼は心做しか遠くを見やり、少しずつ語り始めた。
『名をシルカと言う。親善大使としてルグリアへと赴いていた折のことだ。後にそれが黒教の策謀だと明らかになるが、我々が気付く前に戦争は起きた』
「その様子だと……まあ、あんたも戦ったんだよな」
俺はバーベルを降ろして、既に肉体の死を迎えたその姿を見つめる。
『無論だ。已れは当時、オスカントの将軍の任に就いていたからな。しかし、死んだ理由は戦争そのものではない』
「どういうことだ?」
『黒教の目的は戦争を起こし、そこに集った生命と感情を触媒に奴らの崇める存在――神代の眷属神たちを蘇らせることだった』
「じゃあ、あんたは黒教に殺されたってことか……?」
無言を肯定として、グリムは双眸を細めた。
戦争の発端どころか、自身の命すら黒教に奪われた彼の心情は窺い知れない。
『……この地下室は、皇室や貴族たちを外へ逃がす為の通路の一部だ。黒教の陰謀に気付いた已れは、生き残った第三皇子を亡命させる部隊の殿として、役目を果たした。その筈だ』
「大丈夫。オスカントの皇族は血を絶やしていない。あんたの逃がした皇子も、生きてたよ」
『……そうか、ずっと気がかりだったが、無事だったのか』
「あ、未練解消して成仏するなよ? 一人だと暇だからな」
『それはないだろう。何故なら――――いや、なんでもない』
「なんだよ、気になるな……」
グリムは何故か、続く言葉を濁す。
けれどしつこく聞く程の仲じゃないので、それ以上の言及は避けた。
『已れの事情を語ったのだ、今度は貴様の番だぞ。ここに来る以前は何をしていた?』
「コンビニ店員……じゃなかった、冒険者してたよ」
俺は現実の職業を口走り、慌てて訂正した。
LAOのプレイヤーは、外つ界から来た放浪の神の願いを聞き、この世のどこかにある"最後の理想郷"――そこへ至る鍵を探す冒険者という設定がある。
一説によれば、それは天国であったり、神々の住む土地とも言われている。
『ふむ、吸血鬼の冒険者とはまた珍しい』
「あ、え? あれ、そうなの?」
『大抵の吸血鬼は自分の領地に籠もっているものばかりだと思っていたが、貴様のような変わり者もいるのだな』
「あー、うん。まあ道楽だ! 道楽!」
言われて思い出したが、吸血鬼は生まれながらの貴族。
そして、俺のような純血は更に高貴な身分――公爵や王族という扱いをされる。
プレイヤーに対しては死に設定だったそれも、今は正しくそう扱われるらしい。
『しかし、一体貴様は何処の家の生まれなのだ……? その濡羽色の黒髪であればノスヴァルト家か、アロントーチ家か、ハイネベルク家が純血の血筋だが、あやつらの面影を貴様には感じない。アルシア、貴様の姓はなんだ?』
「フレアウォーカーだけど……」
『聞いたことが無い……まさか闇の一族か? ……いや、流石にそれは無いな』
「こ、こっちにも家庭の事情があるんだよ、あんま詮索しないでくれ」
『いや、すまなんだ。吸血鬼は知人が多くてな、つい』
俺は話をはぐらかすことに成功し、内心胸を撫で下ろす。
ここが現実だとすると、生命は当然母体から産まれてくるものだ。
けれど、プレイヤーは誰とも血の繋がりを持たない異分子。
俺は世界で一番孤独な存在なのかもしれない。
まあ、前世でもそう変わらない環境だったけど。
取り敢えず今後似たような事を聞かれた時のために、適当な設定を考えておこう。
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