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20/21

18.胎動

「そう、そのまさかだよ。僕が死ねば、あれは魂を喰らってより強く成長し、目覚めるだろう!」


 ティアルナの高らかな笑い声が、広間に響いた。

 狂気的な音階に、思わず顔を顰める。

 今すぐにでも、永遠に黙らせてやりたい。


『だが、それで結界が破られるとは決まったわけではないだろう!』

 

「だとしても、200年分の休眠と、大量に瘴気を溜め込んだ極上の魂だ。キミらの手に負える相手じゃあなくなるんじゃない?」


『ぐっ……』


「確かにお前の言い分は正しい、ここでアレを成長させれば俺達は不利になる」


 召喚時点と現在とでは、闇の眷属の強さが違っている可能性は元々危惧していた。

 200年の間当時のまま、なんて理屈は通らない。

 その上、外的要因で更に強くなられたら不利にも程がある。


「ふぅん? どうやら弟子の方が頭は回るようだよ?」


『アル、しかし……これでは……』


「分かってる」


 ティアルナを殺せばなりそこないは強化される。

 仮に殺さず手足を切り落としても、奴は黒教の高位術師。

 どうにかする方法など幾らでもあるだろう。


 生かしておけば、多分本命との戦闘中に横槍を入れられる。

 或いは自害して自ら魂を捧げるくらいはする筈だ。

 どちらにしろ、厄介極まりない。


「チッ……」


 なりそこないの強化を受け入れ、不安定要素を排除するか。

 逆にティアルナが何もしないことに期待するか。

 もしかすると、今までの発言全てがブラフかも知れない。


「はぁ、殺すんなら早くしなよぉ」


 逡巡する俺を、ティアルナは意地の悪い笑みで見上げている。

 どちらにせよ、自分に都合の良い展開になるのを分かっているのだ。

 

「……」


 これはやり直しの効かない一発勝負。

 だからこそ、俺は突拍子もない第三の案に賭けた。

 俺はスキルツリーを開いて、種族スキルから1つのスキルを取得。


「な、なに……?」


 それから透徹を鞘に納め、膝を着いてティアルナに近付いた。

 体を密着させ、首筋に顔を寄せる。


「これが俺の考えた最善だ」

 

「まさか、お前!?」


 青白い肌に薄っすらと動脈が浮いている。

 触れ合った肌からは、微かに鼓動が聞こえた。

 この体はまだ生きている。それはつまり、血液も新鮮ということ。


「《生命滅奪(ライフ・ハーベスター)》」

 

「うっ……!」


 有無を言わさず牙を突き立て、皮膚を食い破った。

 じわりと染み出した血が、舌の上へと転び落ちる。

 同時にスキルの効果が発動して、減ったHPが回復しだす。

 

 血液は想像していた鉄の味ではなかった。

 はじめは深く渋みのあるワインのような味わい。

 それから遅れて、痛みにも似た辛味がやってくる。これは瘴気のせいだろうか。

 

「この……! 離っ……!」


 ティアルナは微かに抵抗するが、力が入らないようだ。

 手足をジタバタさせるだけで、俺を引き剥がすことは出来ない。

 《生魂滅奪(ライフ・ハーベスター)》は相手のHPを吸収すると同時に魂の力すらも吸い取り、一時的にスキル使用不可にする効果を持つ。

 

 今重要なのは血に含まれる瘴気と、魂の力そのものを吸っていること。

 なりそこないの力の源は瘴気。それから魂だ。

 どちらも削げば、捧げた時に対した力にはならないかも知れない。

 

「ぐっ、あっ……僕の魂が、オドが抜け……やめろ! やめろぉ!」


 元々スキル説明のフレーバーテキスト以上の意味はなかった。

 効果があるかは賭けだったが、やってみる価値はあった。

 その証拠に、ティアルナは露骨に焦りを見せている。


「う……ぁ……」


 徐々に皮膚が潤いを無くし、枯れ枝のようになっていく。

 水分を失って皺が増え、骨と皮が目立つようになった。

 逆に俺の体は力が漲り、先程受けた傷は全て塞がっている。

 

「ぁ……ぁ……」


 血液を6割程吸い尽くした辺りで、首から顔を離す。

 ティアルナは元の失血に加えて満身創痍。

 浅く細い呼吸を繰り返し、体を震わせている。


「……こ、の……やって、くれ……たな……」


『アル、貴様なんともないのか……?』


「ああ、中々美味かったぜ。流石竜人の血だ。後味が悪いのは気になったけど、余計な不純物が混ざってたんだろうな」 


 口元を拭い、初めての吸血の感想を述べた。

 空腹を感じることは無かったが、初めてこの世界で満腹感を味わっている。

 対して、師匠は信じられないものを見るような目をしていた。


「……無駄な足掻きだ……供物の力を、そ、削いだ所で、キミらの勝つ確率は、0から1に変わっただけ……さ」


「1%もあれば上等じゃねえか」


 俺はそう鼻で笑い、ティアルナを見下ろす。

 絶対に勝てない相手が、99回に1回勝てる相手になった。

 そして、初回でその1回を引けば良いだけの話だ。


「……後悔、するが、いい……お前たちの魂は凌辱され、冒涜的に、惨たらしく、死を迎える……」

 

 最後の言葉を残し、ティアルナは倒れ伏す。

 それから数秒。もう動かなくなったその体に異変が訪れた。

 まるで水と油が分離するように、黒い何かが浮き上がってくる。

 

「あれが、ティアルナの魂……?」

 

 それは瘴気の壁を越え、肉塊に取り込まれていった。

 同時に嫌な気配が強まる。

 全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、肉塊を凝視する。


 瘴気の壁が揺らぎ、肉塊を中心に渦を巻き始めた。

 暗澹としていた部屋の明度が戻る。

 しかし、重苦しい空気は依然として消えない。


『……動いている』


 肉塊が、大きく胎動した。

 はじめは数拍の間隔だったが、それが徐々に短くなる。

 しかして、早鐘を打つ心臓のような速度にまで達した直後。


「……ッ」


 肉の壁を、灰色の手が突き破った。

 まるで卵の殻を破るように、中から出てこようとしている。

 呼吸すら憚られるような感覚がして、息が詰まる。


「来る」


 ブチブチと、嫌な音を立てて一際大きな穴が開く。

 そこから、人の姿をした何かが地面に落ちた。

 

『間違いない、アレだ。アレが、已れの国を滅ぼした――』


 それは巨大で、歪な存在だった。

 

 肌は人のものとは思えない灰色。

 肩から脇に掛けて、大小様々な腕が生えている。

 一対だけ、胸の前で祈るように手を組んでいた。

 やけに短い足は関節が逆。上半身は奇妙な程横に広い。

 太い首に支えられた頭には、顔の代わりに黄金の仮面が無数に癒着していた。

 

 側にいるだけで吐き気を催す程の邪気。

 間違っても、あれが神などと認めても良いものか。

 どう見たって、生命を冒涜した別の何かだ。

 

「オオオオォ――――」


 冒涜的な咆哮が空気を震わせる。

 耳を塞ぎたくなる状況で辛うじて発動した《解析(アナライズ)》。


===================

【名前】無名の神

【レベル】225

未だ神話なき無名の神。

暗黒の神の落し子であり、やがて赤子は宇宙へと還る。

===================


 そこに刻まれた名前は、単なる"なりそこない"ではない。

 確かに"神"として降臨した存在だった。


「……相手に取って不足は無いな」


「ァ」


 身構えた俺を、無名の神が見つけた。

 眼球があるわけでもないのに、確かに目が合った気がした。

 まるで深淵と見つめ合っているような気分だった。

 それも、一瞬の筈が永遠にも感じられる程に。

 

 直後、


「ごっ――」


 致命的な隙を晒した俺の腹部に、凄まじい衝撃が訪れた。

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