18.胎動
「そう、そのまさかだよ。僕が死ねば、あれは魂を喰らってより強く成長し、目覚めるだろう!」
ティアルナの高らかな笑い声が、広間に響いた。
狂気的な音階に、思わず顔を顰める。
今すぐにでも、永遠に黙らせてやりたい。
『だが、それで結界が破られるとは決まったわけではないだろう!』
「だとしても、200年分の休眠と、大量に瘴気を溜め込んだ極上の魂だ。キミらの手に負える相手じゃあなくなるんじゃない?」
『ぐっ……』
「確かにお前の言い分は正しい、ここでアレを成長させれば俺達は不利になる」
召喚時点と現在とでは、闇の眷属の強さが違っている可能性は元々危惧していた。
200年の間当時のまま、なんて理屈は通らない。
その上、外的要因で更に強くなられたら不利にも程がある。
「ふぅん? どうやら弟子の方が頭は回るようだよ?」
『アル、しかし……これでは……』
「分かってる」
ティアルナを殺せばなりそこないは強化される。
仮に殺さず手足を切り落としても、奴は黒教の高位術師。
どうにかする方法など幾らでもあるだろう。
生かしておけば、多分本命との戦闘中に横槍を入れられる。
或いは自害して自ら魂を捧げるくらいはする筈だ。
どちらにしろ、厄介極まりない。
「チッ……」
なりそこないの強化を受け入れ、不安定要素を排除するか。
逆にティアルナが何もしないことに期待するか。
もしかすると、今までの発言全てがブラフかも知れない。
「はぁ、殺すんなら早くしなよぉ」
逡巡する俺を、ティアルナは意地の悪い笑みで見上げている。
どちらにせよ、自分に都合の良い展開になるのを分かっているのだ。
「……」
これはやり直しの効かない一発勝負。
だからこそ、俺は突拍子もない第三の案に賭けた。
俺はスキルツリーを開いて、種族スキルから1つのスキルを取得。
「な、なに……?」
それから透徹を鞘に納め、膝を着いてティアルナに近付いた。
体を密着させ、首筋に顔を寄せる。
「これが俺の考えた最善だ」
「まさか、お前!?」
青白い肌に薄っすらと動脈が浮いている。
触れ合った肌からは、微かに鼓動が聞こえた。
この体はまだ生きている。それはつまり、血液も新鮮ということ。
「《生命滅奪》」
「うっ……!」
有無を言わさず牙を突き立て、皮膚を食い破った。
じわりと染み出した血が、舌の上へと転び落ちる。
同時にスキルの効果が発動して、減ったHPが回復しだす。
血液は想像していた鉄の味ではなかった。
はじめは深く渋みのあるワインのような味わい。
それから遅れて、痛みにも似た辛味がやってくる。これは瘴気のせいだろうか。
「この……! 離っ……!」
ティアルナは微かに抵抗するが、力が入らないようだ。
手足をジタバタさせるだけで、俺を引き剥がすことは出来ない。
《生魂滅奪》は相手のHPを吸収すると同時に魂の力すらも吸い取り、一時的にスキル使用不可にする効果を持つ。
今重要なのは血に含まれる瘴気と、魂の力そのものを吸っていること。
なりそこないの力の源は瘴気。それから魂だ。
どちらも削げば、捧げた時に対した力にはならないかも知れない。
「ぐっ、あっ……僕の魂が、オドが抜け……やめろ! やめろぉ!」
元々スキル説明のフレーバーテキスト以上の意味はなかった。
効果があるかは賭けだったが、やってみる価値はあった。
その証拠に、ティアルナは露骨に焦りを見せている。
「う……ぁ……」
徐々に皮膚が潤いを無くし、枯れ枝のようになっていく。
水分を失って皺が増え、骨と皮が目立つようになった。
逆に俺の体は力が漲り、先程受けた傷は全て塞がっている。
「ぁ……ぁ……」
血液を6割程吸い尽くした辺りで、首から顔を離す。
ティアルナは元の失血に加えて満身創痍。
浅く細い呼吸を繰り返し、体を震わせている。
「……こ、の……やって、くれ……たな……」
『アル、貴様なんともないのか……?』
「ああ、中々美味かったぜ。流石竜人の血だ。後味が悪いのは気になったけど、余計な不純物が混ざってたんだろうな」
口元を拭い、初めての吸血の感想を述べた。
空腹を感じることは無かったが、初めてこの世界で満腹感を味わっている。
対して、師匠は信じられないものを見るような目をしていた。
「……無駄な足掻きだ……供物の力を、そ、削いだ所で、キミらの勝つ確率は、0から1に変わっただけ……さ」
「1%もあれば上等じゃねえか」
俺はそう鼻で笑い、ティアルナを見下ろす。
絶対に勝てない相手が、99回に1回勝てる相手になった。
そして、初回でその1回を引けば良いだけの話だ。
「……後悔、するが、いい……お前たちの魂は凌辱され、冒涜的に、惨たらしく、死を迎える……」
最後の言葉を残し、ティアルナは倒れ伏す。
それから数秒。もう動かなくなったその体に異変が訪れた。
まるで水と油が分離するように、黒い何かが浮き上がってくる。
「あれが、ティアルナの魂……?」
それは瘴気の壁を越え、肉塊に取り込まれていった。
同時に嫌な気配が強まる。
全身の毛が逆立つような感覚に襲われ、肉塊を凝視する。
瘴気の壁が揺らぎ、肉塊を中心に渦を巻き始めた。
暗澹としていた部屋の明度が戻る。
しかし、重苦しい空気は依然として消えない。
『……動いている』
肉塊が、大きく胎動した。
はじめは数拍の間隔だったが、それが徐々に短くなる。
しかして、早鐘を打つ心臓のような速度にまで達した直後。
「……ッ」
肉の壁を、灰色の手が突き破った。
まるで卵の殻を破るように、中から出てこようとしている。
呼吸すら憚られるような感覚がして、息が詰まる。
「来る」
ブチブチと、嫌な音を立てて一際大きな穴が開く。
そこから、人の姿をした何かが地面に落ちた。
『間違いない、アレだ。アレが、已れの国を滅ぼした――』
それは巨大で、歪な存在だった。
肌は人のものとは思えない灰色。
肩から脇に掛けて、大小様々な腕が生えている。
一対だけ、胸の前で祈るように手を組んでいた。
やけに短い足は関節が逆。上半身は奇妙な程横に広い。
太い首に支えられた頭には、顔の代わりに黄金の仮面が無数に癒着していた。
側にいるだけで吐き気を催す程の邪気。
間違っても、あれが神などと認めても良いものか。
どう見たって、生命を冒涜した別の何かだ。
「オオオオォ――――」
冒涜的な咆哮が空気を震わせる。
耳を塞ぎたくなる状況で辛うじて発動した《解析》。
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【名前】無名の神
【レベル】225
未だ神話なき無名の神。
暗黒の神の落し子であり、やがて赤子は宇宙へと還る。
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そこに刻まれた名前は、単なる"なりそこない"ではない。
確かに"神"として降臨した存在だった。
「……相手に取って不足は無いな」
「ァ」
身構えた俺を、無名の神が見つけた。
眼球があるわけでもないのに、確かに目が合った気がした。
まるで深淵と見つめ合っているような気分だった。
それも、一瞬の筈が永遠にも感じられる程に。
直後、
「ごっ――」
致命的な隙を晒した俺の腹部に、凄まじい衝撃が訪れた。




