1.現実の痛み
第一話なのでちょっと長めです。
この後は基本3000字前後になると思われます。
『
どうも、久しぶりだね。
ああ、きみからすると始めましてなのかな。
ワタシはルシェンデ。■■■さ。
言うなれば、きみの■■といったところかな。
さて、きみはこれから、長い旅へ出ることになるだろう。
それはきっと定められたものだけれど、道中はきみたちが自由に歩むことが出来る筈だよ。
それから、一つだけ頼まれて欲しいことがある。
旅のついでで構わないから、"理想郷"と呼ばれる場所を見つけたら、ワタシに教えて欲しいんだ。
理想郷の定義? うーん、難しいな。でも多分、沢山の神様が住んでいるようなところかな。
ワタシは――――――
そうだ、謝っておかなければならないことがあるんだ。
すまない、少しトラブルが起きてね。旅の始まりで、ちょっとした困難に見舞われるかもしれない。
けれど、きみならきっと乗り越えられると信じているよ。
本当はこんな形で送り出すつもりは無かったんだけど、仕方なかったんだ。
大丈夫、ワタシも少しだけれど餞別を送るし、なによりきみたちは特別な存在だから。
何が特別かって? それは、その時になれば、言っている意味が分かると思う。
じゃあ、少しだけヒントをあげると――――――――
……
…………
………………
最後に、せめてこの旅の中で、きみの望むものを見つけられることを祈っているよ。
』
◇
はっきりと、それでいて余韻を残さない目覚めだった。
「……?」
肌を撫でる温い風に閉じていた目蓋を開く。
頭上を照らす太陽に眩しさを感じ、手で庇を作る。
見上げると、大きな日輪の隣に、白昼の月が3つ並んで浮かんでいた。
数度瞬きをしたのちに改めて周囲を見渡す。
辺りの大地は赤茶けており、禍々しい枯木が乱雑に生えている。
呻き声にも聞こえる風の音。
遠くで謎の生物が金切り声を上げていて不気味だ。
「……ここは、LAOの中か?」
不可解なアップデートがあった後、気付けば変な場所に立っていた。
ログインしているのなら、ここはLAOのどこかの筈。
でなくとも、俺は自宅をここまで禍々しくコーディネートした覚えはない。
更に言えばLAOでもこんなエリアは初めて見た。
気味の悪い違和感を感じ、眉を顰める。
それに、先日ログアウトしたのは屋外ではなかったが……。
もしかすると過去に起きた、ログイン座標がずれる不具合に当たってしまった可能性はある。
ただ、それ以外にも違和感と呼べるものはあった。
それは鼻腔へと届く土の匂い。風が運んでくる湿った空気だ。
本来仮想現実空間で、感覚を完全再現することは禁止されている。
主に味覚や痛感、温感などといった感覚だ。
理由は単純、危ないから。
一昔前に本物の食事の味、それも美食を再現したVRゲームが発売された。
すると、プレイヤーはゲーム内の食の質に慣れてしまった。
言葉を選ばずに言うと、現実の食事が不味いと感じるようになってしまったのだ。
結果として食事を摂れず、栄養失調に陥る者まで現れた。
これは一時期社会問題にもなり、VR新法によって五感の再現は制限が設けられたのだ。
以上の経緯から、VRでの感覚機能は現実の半分以下に抑えられている。
それを前提にして、今触れているものや漂う空気に意識を澄ませてみる。
「うーん……」
どうにも作り物とは違う現実味があり、思わず唸った。
試しに近くの枯れ木へ触れてみると、ザラついた樹皮の感触が掌へと伝わってくる。
足元の土を掬い上げて鼻先を近づければ、焦げ臭さが鼻腔に巡る。
「やっぱり何かおかしい」
明らかにおかしかった。
普段ならここまで明瞭に匂いも、感触も分かるはずがないのだ。
そこで、ふとあることに気付く。
自分の体を見下ろすと、現実の肉体には無い柔らかい胸部装甲が。
本来なら男に未搭載の感覚である、おっぱいの重みが確かに感じられた。
逆に、股間の辺りから慣れ親しんだ相棒の気配が消失していた。
確かに現実世界の"俺"は、ちょっとしたミスから美少女アバターで――ネカマとしてLAOをプレイしていた。
しかし、しかしだ。幾ら仮想現実と言えど、存在しない部位の触感はない筈だった。
「おお……マジでおっぱいだ……」
具体的には、触った際に胸の方に確かな感覚がある。
柔らかい自分の体の一部が、フニフニと指先で押される感覚だ。
自分で触れていながら少し擽ったい。
困惑する俺の中に、ふと1つの可能性が湧き上がってくる。
これが先程行われていた、アプデの内容なのかもしれないと。
確認する方法は簡単だ。
メニューから開けるお知らせ一覧には、直近のアップデート内容が全て記載されている。
そこから今日の日付のパッチノートを見ればいい。
俺は空中に指先でルーン文字のような物を描く。
すると、エフェクトを伴って半透明のディスプレイが表示された。
そうして開けたディスプレイから、お知らせタブを探す。
しかし、何処を見ても目当ての物が無いことに気付く。
それどころか他にも幾つかタブが消えていた。
その中には、ログアウトボタンも含まれている。
思わずメニューをなぞっていた指が止まり、首筋に氷を当てられたような寒気が走った。
このゲームを終了する方法は主に3つ。
プレイヤー自身がゲーム内でログアウトボタンを押す。
或いはGMへとメッセージを送って切断してもらう。
最後は非推奨だが、外部の人間に同期しているPCからログアウト処理してもらう方法がある。
これらの内、ゲーム内で取れる手段は消失している。
つまり、俺は自発的なログアウトが不可能となった。
「どうなってんの、これ……」
これがもし全体の不具合ならまだいい。
このご時世であればログアウト不可など、すぐVR内外でニュースになる。
運営は慌てて通知を行い、順次プレイヤーをログアウト処理するはずだ。
「……いや、俺はメールも確認出来ないんだった」
しかし、これが俺のみの問題であった場合はどうだろう。
運営が不具合に気付く可能性は限りなく低い。
現実世界の俺は一人暮らしだ。
すぐ会いに来られる距離に、知人がいない。
なので、他のプレイヤーを見つけて、代わりにGMへ連絡して貰う必要がある。
とは言っても、俺は今良く分からない謎の場所にいる。
マップも表示できないので、これがどの辺りのエリアかも分からない。
しかし、明らかに普通じゃない場所というのは分かる。
どうやら、アプデで追加されたエリアでもなさそうだ。
仮にこれが新エリアなら、もっとプレイヤーで賑わっている筈だ。
しかし、視界には人っ子一人いない。
大地は枯れ果て、生命の気配は皆無である。
もう可能性としてはなんかのバグで開発中に残ってたエリアへ飛ばされたか、俺だけテストサーバーにいるかぐらいだ。
「と、取り敢えず人を探そう……」
途方に暮れた俺は、それでも情報欲しさに歩き始めた。
実際は見覚えのない景色に狼狽えながら、宛てもなく彷徨っているだけだ。
それでも何もしないよりかはマシ。
そう自分に言い聞かせて、歩を進める。
ここは見る限り、名前の付いた大きな都市がありそうな雰囲気ではない。
となると、別のエリアへと移動したほうがいいだろう。
もし、どことも繋がって無かったら詰みだけど。
それはそれで、運営が異常を検知して見つけてくれることを願うのみだ。
そうして10分ほど歩いた先で、俺は記念すべき第一村人――いや、魔物と遭遇した。
それは犬だった。いや、犬の形をしている“何か”。
頭は腐って頭蓋が露出し、四肢は異様に発達している。
前脚の骨が皮膚を突き破って覗いており、肉の匂いと腐敗臭が風に混じって押し寄せる。
「グルルルルァ……」
「おおう……」
ゲームとは思えない迫力に思わず気圧され、俺は無意識の内に後退る。
こんな魔物見たことがない。
重い威圧感と、肌を刺すような殺意。まるで現実のようだった。
しかし、俺とてサービス開始初期からやり続けているLAO廃人。
更に敗北、DEFEAT、Loseの単語が死ぬほど嫌いな戦闘ガチ勢だ。
未知の魔物が現れたからと言って、即座に[逃げる]コマンドを選択するなど言語道断。
インベントリから剣を装備していざ尋常に――――
「あれ?」
勝負と思ったがしかし、インベントリにはいつも愛用していた武器が無かった。
昨日は釣りをしに行ったから装備してなかったけど、倉庫に入れた覚えもない。
なら一体何処へ?
という疑問より先に、俺はインベントリの中にあるアイテムを見てどういうことかを察する。
「[黒鉄の直剣]、[ローポーション]、[毒消し]、[帰還のスクロール]、[リセットポーション]、これ初期アイテムだ。全部、どうして……」
インベントリにあったのは、全てゲーム開始と同時に貰えるアイテムのみ。
さっきは動揺していて気付かなかったが、よく見れば服も初期防具。
そうなるとまさか……。
「嘘だろ……」
慌ててアイテムタブを閉じてステータスを開く。
そこに並んだのは、容赦のない数字だけだった。
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【名前】アルシア・フレアウォーカー
【ジョブ】盗賊
【種族】吸血鬼(貴き血族)
【レベル】1
【HP】105 / 105 【MP】10 / 10
【STR】5 【AGI】3 【VIT】3 【DEX】4
【INT】1 【MAG】1 【MIR】2 【LUK】3
===================
画面に並ぶ数値は、すべて初期値。
レベルが1で、しかも初期クラスの1つである盗賊。
名前がちゃんと俺のもので、種族も一致しているのが余計絶望感を煽る。
これが別のキャラの名前だったらただの不具合だと思えたのに、キャラデータが初期化されていた。
本来のキャラデータではレベルはカンストしていた。
クラスも初期の盗賊から五度覚醒と派生を繰り返した[アビス・リーヴァー]。
プレイヤー対プレイヤー――俗に言うPvPの対人戦世界ランキングは最高1位。
最新のシーズンでは全プレイヤー中の4位。
PvEを含めたスコアを競う総合ランキングも八位。
現行レイドボス最速ソロクリア記録を幾つも持っていた。
LAOの攻略wikiには俺専用のページが作られ、雑誌にインタビュー記事が載ったこともある。
自惚れではなく、間違いなく最上位プレイヤーの内の1人だ。
「七年だぞ。俺が積み上げた七年が――ゼロかよ」
それが、全部消えた。
7年かけて積み上げた全て――ランキング、称号、最強の証明――それが消えていた。
「グガァアアアアアッッ!!」
「今はそんなこと考えてる場合じゃないか!? でも黙って逃げんのも癪だぞ!」
前方で魔物が咆哮を上げて我に返る。
戦闘民族のプライドと、命を積んだ天秤が揺れている。
しかし、[黒鉄の直剣]を装備したものの、これで太刀打ち出来る気がしない。
「畜生! こんな状況じゃなきゃ絶対逃げねぇのに――覚えてろよ!」
負け犬のような台詞を吐き捨て、踵を返す。
装備した剣は鞘から抜くこともなく、全力で走り出した。
背後では魔物が前脚を大地へ叩きつけいきり立ち、俺を追って動きだしている。
ゲームでは一度も戦闘行為を行わずプレイヤーが逃走した場合、プレイヤーはエネミーの凡そ1.2倍の速度で走れる。
要は、大抵逃げ切れる仕様になっていた。
しかもある程度まで接近すると、敵は攻撃の予備動作で立ち止まったりするため実際はもっと逃げやすい。
なので、俺はそれを信じて走っていた――
「嘘でしょ!? なんで、待て待て! ありえん、ありえんって!」
のだが、距離が離れないどころか、さっきより縮まっていた。
それに、息を吸うたびに胸が焼けるように熱く、足は鉛みたいに重い。
ゲームなら呼吸なんて要らないのに――なんでだ。
――――なんでこんな苦しいんだ。
「うぐぅ!」
前をよく見ずに走っていた俺は、足元の段差に躓いて転んでしまう。
こんな勢いよく転けたのは学生以来で、擦りむいた手から滲む血と痛みに涙目に――
「えっ?」
それはあり得ない話だった。
このゲームはダメージを受けると、赤いポリゴンが霧散するエフェクトで表現される。
部位欠損であっても、失われた箇所の断面はただのポリゴンが見えるだけ。
流血する表現も、スキルのエフェクトとイベントムービーの幾つか以外ではない。
それが何故、どうして、ありえない、なんで俺は、手から血が。
夢でも見ているのか? おかしい、どうなってる。これは……。
――――これは、本当に現実なのか。
面白い、続きが読みたいと思ったら下の星を沢山付けて頂けると作者のモチベーションが上がりますので何卒よろしくお願いします




