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14.遺志は継がれる

 俺の意識は、自分のものではない記憶の奔流にいた。

 東方随一と言われた侍の一生。

 死後も、律儀に主君と決めた男に義理を尽くし続ける侍の生き様を見た。


『オボロ、貴様はずっと待ち続けていたのか。それなのに已れは……』


 師匠も同じものを視たらしい。

 神妙な声音で、塵に還りつつあるオボロの名を呼ぶ。


「良いでござるよ。時間は掛かれど、こうして帰って来てくれたのだ。待った甲斐があったというもの」


『しかし、已れは、負けてしまった……』


「カッカッカ! 何を言うでござるか。貴殿はまだ負けてはおらぬ」


『だが、現に已れは死んだ……!』


 悲愴な叫びを上げる師匠。

 オボロはそれを、快活に笑い飛ばした。

 死者とは思えぬほど、朗らかな笑い声だった。

 

「死にきれぬから、拙者も、貴殿もこうしてここにいるのであろう」


『……ただの亡霊だ』


「否。貴殿は諦めてはおらぬ――諦めるような男ではあるまい」


 オボロはそう言うと、俺を見た。

 空っぽの眼窩に、不思議と穏やかな眼差しを幻視する。


「たとえ肉体が滅びようと、意志は生き続ける。その娘の太刀筋から、友の不屈の心を感じたでござる」


『それは此奴が特別負けず嫌いなだけだ』


「当たり前だ、師匠譲りだからな」


「そう、その意志が潰えぬ限り、負けぬ。いずれ、必ず、我々の意志を継ぐものが、奴らの首元に刃を突きつける時が来る」


『だが……いや、そうかもな。諦めるにはまだ早いかもしれん』


「そうでござろう」


 傷口から漏れていた瘴気が消えた。

 代わりに、体の崩壊が早まる。

 オボロは終わりを悟ったように微笑むと、覚束ない足取りで立ち上がった。


「して、名残惜しくはあるが、拙者もそろそろのようでござるな」


『逝くのか……オボロ……』


「なあに、元より死者の身、未練絶えれば潔く成仏するのが真っ当でござるよ」


『すまん、已れは、まだそちらには行けそうにない』


「構わぬ。貴殿は、最後まで見届けよ」


 周囲を覆っていた瘴気が、段々と晴れていく。

 頭上から光が差し、散り行くオボロの体に反射して煌めいた。

 

「おお、そう言えば忘れるところであった! 娘よ、名をなんと言ったか」


「アルシア。アルシア・フレアウォーカーだ」


「アルシア殿、先立つ者の最後の願いと思い、1つ拙者の我儘を聞いて頂きたく候」


「構わないよ」


「そこな刀剣――[透徹天走]を貴殿に託したい」


 オボロが目をやった先に転がる、白鞘の刀。

 吸血鬼の剛剣ともまともに打ち合える、相当な刀剣だ。

 

山川住雲州信国やまかわずみうんしゅうしんごく作、最上大業物が1工ゆえ、切れ味は保証いたす」


 鞘が投げて寄越され、俺は刀と共に拾い上げる。

 確かな重みがあるが、とても振りやすい。

 何故だか、昔からずっと握っていたかのように手に馴染んだ。


「確かに受け取った。責任持って、俺が使わせて貰う」


「ああ、きっと貴殿になら使いこなせる」


 オボロの半身が、完全に塵になった。

 崩壊が更に加速し、残された時間の短さを感じさせる。

 

「では、心置きなく逝くとしよう!」


 オボロは、消えかけとは思えない程の声を張り上げた。


 とうとう殆ど体も無くなり、声だけが響き渡る。

 傍らに立つ師匠は、黙って友の最期を見守っていた。


「……アルシア殿、貴殿の手で、この地獄を終わらせてくだされ」


「当たり前だ。あれは最初から俺の獲物だからな」


 そうして最後に、何処からともなく聞こえた言葉を快諾する。

 それっきり、本当にオボロの声も、姿も掻き消えてしまった。

 

「……つーか願いって、1つだけじゃねえのかよ」


 俺の呟きは、すっかりと晴れた空に溶けて消え。

 白鞘に結ばれた、小さな鈴が「すまぬ」と笑うように音を立てた。






 

 都市を覆っていた瘴気は、オボロと共に消滅。

 ルーメン・フォートの奪還が完了した。

 

「大分空気が良くなったな」


『そうだな、オボロも、皆も安らかに眠れるだろう』

 

 原理は分からないが、瘴気は一度誰かに取り込まれると持ち主が消えれば無くなるらしい。

 

 けれど、戻って来る住人は一人としていない。

 その寂しさを感じながらも、得られたものに一入(ひとしお)の達成感を感じる。

 視界の端に溜まるレベルアップの通知。

 オボロとの戦いだけで、合計ステータスは20も上がった。

 

「……つまり20レベル上がったってことなんだけど」


 現在のレベルは125。

 ステータスウィンドウで内約を確認すると、主に上がったのはAGI。

 次いでVITに、DEXだった。STRの上昇値は僅か1のみ。

 理由は明確だ。

 相当なダメージを受けたこと。速度と技巧の戦いだったこと。


「痛っててて……流石にダメージ喰らい過ぎたな」


『……今日のような無茶は二度としてくれるなよ、見ていて肝が冷えた』


「なんだよ、心配してんのか?」


『お前の戦い方は自分を顧みない、自滅的だ』


 痛む傷口に顔を顰めると、師匠は真剣な声音で無茶を諭した。


『已れには、お前を直接助ける力が無いことを分かってくれ。弟子が目の前で死ぬのなど、二度と見たくはない』


「いや、でもあれは……」


 師匠の言葉から、苦しみが痛切に感じられる。

 戦争で彼の大切な人は皆死んでしまった。

 その上、今は俺の戦いを見ていることしか出来ない。

 こんなことを言うのも当たり前だ。

 

 しかし、あの戦いに勝つには、無茶を通す必要があった。


「俺だって死にたい訳じゃねえし、ちゃんと考えてるから安心しろって。目的はここから出ることだぜ? その前に死んだら元も子もないだろ」


『……それならば良い』

 

 幸い、傷は吸血鬼のパッシブスキルで徐々に回復する。

 人間(ヒューマン)の自然治癒とは比べ物にならない速度なので、致命傷でもなければ大抵の傷はすぐに治る筈だ。


「……そう言えばさ。瘴気に冒された生き物って、元に戻ることってあるのか?」


『オボロの最期を、貴様も見ただろう』


 一度瘴気に侵食されれば、治す方法は無い。

 言外にそう返され、俺は少しの間黙り込む。

 

「じゃあ、結界が解けてもアイツらはあのまま彷徨い続けるってことか」


『そうなるな』


 これまで戦って来て、オボロと対峙して、そしてその記憶を見て――

 俺は、1つの事を考えるようになった。

 

 どちらの国の兵士たちも、ただ国を守ろうとしていただけだ。

 死後、こんな地獄に付き合わされる謂れはない。

 誰かが解放してあげなければ、彼らは永遠に苦しみ続けることになる。


「よし、決めた」


『何をだ?』


「俺が結界の中にいる奴ら、全員倒して成仏させてやる」


『そんなことをすれば、途方もない時間が掛かるぞ。分かっているのか?』


 俺は黙って頷いた。

 いずれにしても、結界内の掃討は必要になる。

 危険な魔物と化した人々を、外の世界に解き放つわけにはいかない。

 

「それに、約束しちまったしな」


 ついさっき「地獄を終わらせる」と、オボロと約束したばかりだ。

 

「てなわけで、ミッドランド行脚の旅はまだまだ続くけど、もちろん付き合ってくれるよな?」


『弟子の頼みだ、仕方あるまい』


 師匠は不承不承といった様子。

 しかし、この男の未練に見当が付いている身としては、本心とは思えない。

 師匠もきっと、この地獄の終わりを待ち続けているのだ。


 だから、俺が全部終わらせる。

 ここにいて、それが出来るのは俺だけだ。

 だから今は、ミッドランドにスポーンしたことを幸運に思う。

 俺が来なければ、師匠も、オボロも永遠に苦しみ続けたのかも知れないのだから。

 

「ところでさ、師匠の名前ってもしかして偽名?」


『……唐突になぜそんな事を聞く』


「いや、だってオボロの記憶だと、"グリム"なんて一言も呼んでなくない?」

 

『人には1つや2つ、隠し事があるものだ。あまり詮索するのは行儀が良いとは言えんな』


 師匠は俺の質問を、明らかにはぐらかした。

 確かに秘密で言えば俺の方が多いが、何故偽名を名乗ったのかは気になる。

 これも、いずれ話してくれるようになるのだろうか。


 また、そうなれば、俺も師匠に本当の事を告げる時が来るのかも知れない。

 或いは、俺から話し出すべきなのだろうか。


「なあ、もしさ――」


『なんだ、歯切れの悪い』


 そこまで言い掛けてから、俺はそっぽを向いて、会話を途切れさせた。

 もし、他所の世界から来たって言ったらどうする? など言える筈もない。

 言ったとて、信じては貰えないだろう。


 ましてや「実はこの世界は作り物です」などと言った日には頭の方を心配される。


「……ごめん、その内言うよ」


『そうか』


 けれど、決心がついたら、いつかちゃんと言おう。

 俺の昔のことも、何処から来たかも。

 それが今日まで導いてくれた人に対する礼儀だ。


『今日は休め。お前はよく戦った』

 

 俯きがちな俺の頭を、温度の無い手が優しく撫でた。

面白い、続きが読みたいと思ったら下の星を沢山付けて頂けると作者のモチベーションが上がりますので何卒よろしくお願いします

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