13.叢雲の侍
「《赫路死境》!」
俺はもう1つの"背水"スキルを発動。
《赫路死境》はHPが3割以下の場合、攻撃に追加ダメージが大幅に乗る。
「《ブラッド・サースト》!」
柄を握る力を強め、《怒髪天衝》のアクティブ効果を起動。
そして、右手で持ち上げたままの剣に、両手を添える。
「《錬灰流・灰燼一刀》」
これは錬灰流の大技の構え。
体中の全ての力を剣に籠め、大きく息を吸い込んだ。
オボロは依然、刀から手を離す様子を見せない。
ただ、まっすぐに俺を見つめていた。
「ッらああぁ!」
大上段、正中から剣を叩きつけ、黒鉄の刃から真紅のオーラが迸る。
そして咆哮と共に、重く、硬い鋼のような肉体を切り裂いた。
「――見事」
その刹那、オボロが微かに笑ったように見えた。
「はぁ……はぁ……っ、う、あ……」
呼吸に詰まって、その拍子に全身から力が抜けて膝を着く。
刺さっていた刀を抜き、地面へ放る。
傷口から少なくない血が流れ出て、一瞬目が霞んだ。
だが、まだ倒れるわけにはいかない。
ぼんやりと白くなる視界で、オボロの姿を捉える。
俺の剣は、奴の胸元を深く裂き、心臓部にまで達していた。
オボロは直立不動のまま、動かない。
「どうだ、俺の勝ちだ……」
オボロの傷口から大量の瘴気が溢れ出て、消滅していっている。
暫くの間、俺の荒い呼吸だけが空気を震わせていた。
「ッ」
数十秒ほど経った頃だろうか。
突然オボロが動き、俺は剣を構えようとして体勢を崩す。
けれど、既に彼に戦意は無かった。
「……」
その証拠に、オボロは優雅な所作でその場に座り込む。
戦う前と同じように、正座で膝に手を着き、背筋を正した。
「叢雲を 払う一刃の 清けさよ この身砕けても 心は残らん」
「……?」
「辞世の句にござる」
しかして、先程までとは打って変わり、流暢な発音で句を詠んだ。
「貴殿の剣により、拙者の内の邪気は雲払うように消え去った。誠、見事なり」
「あんた、まさか最初から……」
俺の問いかけに、オボロは黙って頷いた。
彼は、最初から正気だったのだ。
いや、正気と狂気の狭間にいたといったほうが正しい。
「でも、なんでこんなことを」
「試したかったのだ、貴殿が拙者を超え得る剣士なのかを」
オボロの体が、徐々に崩れ始めた。
肉体は黒い灰になって、宙に溶けていく。
それと同時に、俺の頭の中に知らない記憶が流れ込んできた。
◇
「――拙者、姓を叢雲、名を朧と申す者。貴殿、その隙なき立ち居振る舞い、さぞ名のある剣士と見受ける、是非、一太刀交えたく!」
伸ばした黒髪を結い、鼻に一筋の刀傷を持つ男。
東方特有の顔立ちをしたその男――オボロが、嬉々とした表情で偉丈夫に詰め寄っていた。
短身矮躯のオボロから見ると、陽が影となって男の顔立ちは窺い知れない。
「誰だお前、喧嘩なら買わん。どっか行け」
「そう言わず! 先程の悪党を蹴散らした身の熟し、間違いなく相当な手練れであろう!」
「はぁ……」
偉丈夫は呆れた様子で溜息を吐き、踵を返してオボロから離れていく。
「待たれよ! 拙者は修行のため、陽玄より参った侍でござる。貴殿を強者と見込んでお頼み申す! 是非とも決闘を!」
「バーカ、誰が好き好んで街中で殺し合うんだよ。頭おかしいんじゃないか?」
「ハッハッハ! 心配せずとも、殺しはしないでござるよ。辻斬りは、ヒノモトでも重罪でござるからな!」
「あ?」
まるで「手加減してやる」とでも言わんばかりの言葉。
それを聞いて、立ち去ろうとした偉丈夫の足が止まる。
「てめぇ、まさかそんなヒョロっちい体で已れに勝てるとでも思ってんのか?」
「まさか! 勝負はやってみねば分からないものでござる。ただ、拙者は微塵も負ける気など無いだけ――」
オボロがそう言い切る前に、偉丈夫は剣を抜いて彼に斬り掛かった。
侍は、事も無げに異邦の武器で攻撃を受け止める。
「これを止めるか」
「やはり中々な太刀筋」
鍔迫り合う両者の口角が持ち上がる。
たった1合で、互いの力量を察したのだ。
しかして、市街地で始まった剣は幾度と交わった。
けれど、次の日が昇るまで決着がつくことはなかった。
……………………
…………
……
「ほう、馬子にも衣装とはこの事にござるな」
「……窮屈だ」
オボロは無精髭を擦りながら、ニヤついた笑みを浮かべる。
その視線の先に立つ偉丈夫は、しきりに自分の体を動かしてソワソワとしていた。
「改めて、将軍になった気分はどうでござるか?」
「どうもこうもねぇよ。已れは人の上に立つような性質じゃねぇんだ」
「しかし、今の帝国に貴殿以上の人材もいまい」
「だとしても、だ。書類仕事ばかりで禄に剣も振れやしねぇ」
「カッカッカ! 大陸一の剣士になる程剣術馬鹿の貴殿だ! 机に齧りつくのは性に合うまい!」
「分かってんなら笑ってんじゃねえよ!」
偉丈夫に怒鳴りつけられても、オボロは更に声高に笑って見せる。
周囲の文官や武官たちは、微笑ましげにそれを見守っていた。
……………………
…………
……
「もうじき戦争が始まる」
執務机越しに、オボロは偉丈夫の深刻な声音を聞いて目を細めた。
その声は以前よりも年季を帯び、若干の老いすらも感じさせる。
「貴様は国を出ろ。元々帝国民でも無いのだ、誰も文句は言わない」
「それは無理な相談にござるな。拙者、こう見えても名誉市民。授章されておいて、今更非国民とはいかぬよ」
オボロが見下ろした和装の胸元には、似合わない黄金の記章が1つ提げられている。
偉丈夫は大きな溜息を吐くと、立ち上がって窓を見つめた。
「戦争は一対一の試合じゃあねえ。幾らお前でも、死ぬぞ」
「承知の上。貴殿には恩がある。それに、この国は拙者にとって第二の故郷だ。共に守らせてはくれないか」
「……いいんだな?」
「何を水臭いことを! 拙者と貴殿の仲であろう!」
オボロは、溌剌とした笑顔を見せる。
その様子に、偉丈夫は一言「済まない」とだけ返した。
……………………
…………
……
空はとうに夜の帷が降りていた。
けれど、あちこちから上がる火の手で、茜色に染まっていた。
倒壊する建物。
遠くで響く轟音に、首都の方面に浮かぶ見慣れない魔法陣。
「あやつの言う通り、やはり罠でござった……!」
廃墟と化した街中。
紅蓮の空を見上げ、オボロは歯噛みした。
身に纏う戦装束は返り血に染まり、あちこちに刀傷を刻んでいる。
足元にはオボロの切り捨てた死体が転がっていた。
その体からは、黒い瘴気が漏れ出ている。
オボロは、霧のように立ち昇るそれから悍ましい邪気を感じ、数歩後退る。
「友よ、無事でいるのか……!?」
遠い何処かへ問いかけるように、オボロは叫んだ。
その声に釣られてか、様子のおかしい兵士たちが路地から姿を現す。
死体と同じように瘴気を纏い、表情は虚ろ。
口の端から涎を垂らしながら、呻き声を上げてオボロに襲いかかる。
「御免!」
最早、敵も味方もなかった。
オボロは正気を失った兵士を片っ端から斬り続けた。
やがて、動くものよりも倒れる死体の方が多くなった頃。
「なんだ!?」
遥か遠くから、耳を劈くような音が響き渡った。
それは金属を打ち鳴らす音のようにも、生き物の金切り声のようにも聞こえた。
同時に、街中を濃密な瘴気が走り抜けていく。
倒れていた兵士たちは、瘴気に触れると再び起き上がった。
「この国は、終わるのか……」
オボロは天を仰ぐ。
「否! あやつが生きていれば、必ずや敵の首魁を討ち滅ぼしてくれよう!」
刀を構え直し、眼前の動く死体たちに向き直る。
それから、狂った火の気に包まれる都市で、オボロは戦い続けた。
……………………
…………
……
「…………」
暗く淀んだ都市の中で、オボロは一人佇んでいた。
最早、どれだけの年月戦い続けたのかも分からない。
気づけば遠くに見えた戦火は消え、目に映るものは全て動く屍と化した。
「拙者、ハ」
体を動かそうとするも、どこかぎこちない。
負った傷の痛みは、いつの間にか無くなっていた。
意識は頻繁に飛ぶ。
それ以外の時も、まるで靄がかったように何も考えられなくなる。
「戦、ハ、終わった、のカ?」
オボロはこの都市を守る命を受けた。
この世の誰よりも信頼を置き、彼の為ならば命を捨ててもいいと思える男に。
あの男は、大陸で最強の剣士だ。彼が、負ける筈がない。
彼が帰ってこないということは、きっと戦争はまだ続いている。
「友、ヨ」
友よ、未だ帰らぬのか。
「友ヨ」
貴殿ならばきっと、この国を勝利に導けると信じているぞ。
「友ヨ」
なればこそ、その日まで、拙者はこの地を守り続けよう。
「友ヨ」
友よ、どうか無事でいてくれ。
「我が友にして主君――■■■■よ」
面白い、続きが読みたいと思ったら下の星を沢山付けて頂けると作者のモチベーションが上がりますので何卒よろしくお願いします




