10.瘴気の都 ルーメン・フォート
瘴気の濃い地帯での初戦闘は――まあ、結論から言えば勝てた。
ただし、手応えは中々に重い。変異した兵士と魔獣の混成群。瘴気を浴び続けて変質した魔物たち。
数は多く、何より死んだ後も動くあたりタチが悪かった。
「なんつーか……ここの魔物、妙に凶暴じゃない?」
『瘴気が濃いからだ。精神の侵蝕が進めば、元の性質がどうあれ暴走する』
「で、それがこの先の“都市部”は更に濃くなるわけか」
『おそらくな』
俺と師匠は、かつて第二首都だったと言われる都市――“ルーメン・フォート”へ向かって歩いていた。
都市部と言っても、今は瓦礫と死体の山。
建物の殆どは崩れ、瘴気焼けして黒ずんでいる。
それでも、師匠のいた砦とは比べものにならないほどの規模だった。
「やっぱデカいな……国の二番手だし当然か」
『ルーメン・フォートは文化と交易が盛んでな。第二首都とはいえ、帝都に匹敵するほどの人口を抱えていたのだ』
「ふむ。じゃあ、良いレベリングスポットってことか。テンション上がるなぁ」
『いや、喜ぶところではないと思うのだが……』
師匠の呆れ声を聞き流し、俺は目の前の街門へ視線を向けた。
巨大なアーチ型の門は半ば崩れ落ち、そこから市街地の奥まで見通せる。
瓦礫の隙間から瘴気が揺らめき、影がうごめくように錯覚する。
「とにかく――さっさと中に入ろうぜ。どうせ避けて通れないんだから」
『……はぁ。分かった。だが油断だけはするな』
「油断して死ぬほどバカじゃねぇよ」
俺は軽口を叩きながら、都市の門を跨いだ。
その瞬間、空気の質が変わった。
重く淀んでいるが、肌に纏わりつく感覚は霧と少し似ていた。
「ふーん……確かに瘴気が濃いな。まあ、特に影響はなさそうだけど」
さらりとそう言った俺を、師匠が怪訝な目で見た。
『……やはりこの濃度でも瘴気が効かないようだな』
「えっ? まあ、うん」
『アル、この環境は本来生者なら数分で肉体に影響が出る程だ、普通に過ごせているのは異常だぞ』
「マジで? そんな感じはしないけど……」
確かに瘴気が有害なのは知っている。
しかし、実際に体へ影響がないのでいまいち実感が湧かない。
『……詮索するつもりは無いが、心当たりはないのか?』
「うーん……?」
瘴気の大元は、シャデローゼに由来する闇の力だ。
俺がそれを無効化出来る理由を考えてみると、大まかに2つの可能性が挙げられる。
「俺が吸血鬼だからか、あとは一応他の神の加護を持ってるからだと思う」
『神の加護だと?』
プレイヤーは、この世界で"放浪者"と呼ばれていた。
《界渡りのルシェンデ》と名乗る神に"放浪"の加護を与えられ、理想郷を探し歩くことに由来する。
神の加護は強力で、他の神の影響を受けなくなる効果があった。
瘴気が効かないのは、多分それが理由だろう。
ちなみに設定的には、インベントリなどのプレイヤーが使える機能も"放浪"の権能らしい。旅が便利になる機能の説明は大抵これで済ませられる。
『どの神だ、まさかアンネローゼか?』
「ルシェンデって言うんだけど」
『……知らぬ名だな』
「確か、この世界の神じゃないとか言ってたな」
『外なる神々か。稀に訪れるとは聞いたことがあるが、もしや……いや、なんでもない』
師匠はそう言ったきり、黙り込んでしまった。
会話が止まって、なんだか気まずい空気になる。
俺は話題を探そうとするが、辺りに見えるのは瘴気ばかり。
「それより、流石に瘴気が濃すぎないか? 理由とかあんの?」
『理由は単純だ。おそらくこの都市のどこかに、“瘴気を蓄えている奴”がいる』
師匠の答えに、俺は神妙な顔をする。
「それって闇の眷属本体……じゃないよな?」
『違うだろうな。だが、強者であることに違いはない。強き魂、精神を持つ者ほど瘴気への耐性も高い』
「その分体に蓄えられると考えれば、危険度も段違いってことか」
俺の言葉に、師匠は静かに頷く。
つまりボスだ。この都市にはボスがいる。
「腕が鳴るな」
俺は胸の奥で、じわりと熱が灯るのを感じた。
◇
都市に入ってから、遭遇した敵は思ったより少なかった。
その分強さは一段違っていたが、まだ倒せないレベルではない。
「流石に武器がそろそろ通用しなくなってきたな……」
しかし、装備は別だ。
俺は装備更新を一度もしていないのだ。
回避さえできれば防具は最悪必要無い。
ただ、武器は攻撃力に直結する。
「何処かで新調したいんだけど、武器庫とか無いの? 戦時中だったんだろ?」
『貴様の剛腕に耐えられる業物は、この辺りには無いだろうな。寧ろその直剣は修繕も無しによく保っていると思うが』
「あー……これは、ある意味特別なんだよ」
怪訝な声音の師匠に、俺は腰に提げた直剣を示した。
初期武器の[黒鉄]シリーズは、とある理由から耐久値が∞に設定されている。
理由は、ベータテストで起きたある事件に由来する。
装備が全壊して所持金もゼロになり、ゴミ拾い、物乞い、犯罪行為以外で復帰できなくなってしまったテスターが出たのだ。
なので、次のアプデから救済措置として、初期武器は絶対壊れないように変更が入った。
「じゃあ、それは次の目標かな。一旦この都市を攻略してから考えるか……」
『本当にどうしても、という事なら無いことも無いが』
「いや、良いよ。武器は自分で探したいし、コイツにも愛着湧いて来たしね」
無骨な柄を撫でてそう言うと、師匠は小さく頷いた。
なんだかんだ、どんな武器も使っていると馴染んで来る。
特に[黒鉄の直剣]は初心者時代世話になった武器だ。
「お前も強化とか出来たら良いんだろうけどなぁ」
武器強化システムの対象外であることに、若干の悔しさを感じる。
もしコイツを強化できれば、レベル120相当のエリアまでは相棒として使っていけるだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、頬に風を感じた。
『瘴気の流れが変わったな』
「瘴気って淀むだけじゃないのか?」
『普通はな。だが、取り込む者、吐き出す者がいれば話は別だ』
「じゃあ、この先にいるわけだ」
風の流れ、瘴気の揺らぐ道の先。
そこに、この都市を彷徨う何かが待ち受けている。
戦争の亡霊か、はたまた邪神の眷属か。
「丁度良い。雑魚探しにも飽きてきた所だ」
俺は迷わず、風の吹く方へと前進する。
その道中。視界に入る建物たちが、妙な形をしているのに気付いた。
家の半分が丸ごと無くなっているのだ。
まるで、ミニチュアの断面模型のようになっている。
あるものは斜めに寸断され、あるものは一階から上が消失している。
普通に破壊されているよりも不気味だった。
「何だあれ……?」
『この痕跡……まさか……』
「心当たりがあるのか?」
『いや、定かではない。気にするな』
何かに気づいた師匠。
しかし、それを誤魔化すように頭を振った。
同時に、瘴気が一層濃さを増す。
体に悪影響はないが、この濃度には流石に顔を顰める。
まるで、抵抗の弱い水の中を歩いているような感覚だった。
その感覚が、不意に途絶える。
「うおっ!?」
瘴気が消えた。
いや、後ろを振り返ると、厚く黒い壁のように渦巻いている。
まるで台風の目のように、ここだけ瘴気が薄れているのだ。
そして、そんな空間の中心。
圧倒的な存在感を放つ男が座していた。
高いところで結い上げられた長い黒髪。
肉が削げ落ち、半ば骨が見えている顔。
和装の戦装束に、白鞘の刀を一本、漆の脇差しを一本差した佇まい。
『やはり貴様か……オボロ』
一言で形容するならば、武士、侍、浪人。
そんな男が、目の前で背筋を伸ばし、正座していた。
ただ、それだけだと言うのに、あり得ない程の圧を感じる。
生存本能が、戦うなと警鐘を鳴らしている。
間違いない。この男こそが、この都市の主だ。
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