9.ユニーククエスト
『貴様、女が大股で歩くな。はしたないぞ』
「淑女じゃないから良いんだよ。この際だから言っとくと、体は女でも俺の心は男だからな」
『……まあ、性別の自認がどちらであろうと構わんが、武人ならもっと綺麗に――――待て、この前は逆の事を言ってなかったか?』
「さあ?」
グリムの説教を聞きながら、俺は目の前の小石を蹴飛ばす。
ミッドランドはその殆どが結界によって封印されている。
なので、ゲームだとエリアで見れば大した広さを持たなかった。
それも中に入ってみれば、"元が国家"という実感が湧いてくる。
不毛な大地は景色が変わらず。
歩けど歩けど、一向に進んでいる気がしない。
「で、魔物が多そうな場所ってのはあとどのくらいなのよ」
『半分と言ったところか。あとたったの5日で到着する』
「おいおい……もう既に一週間は歩き詰めだぞ?」
現状、拾える戦闘は少ない。
瘴気の薄い地帯では、変異した兵士や魔獣をほとんど見かけない。
なので、今は魔物に変異した兵士たちが多そうな場所――都市部を目指して移動していた。
「魔物も全然いないし、こんなんじゃ腕が鈍っちゃうよ……」
『数日戦わんだけで鈍る腕に鍛えた覚えは無いが。そんなに暇ならお得意のイメージトレーニングでもしていろ』
「流石に歩きながらじゃ無理だって」
愚痴を零すも、グリムに素気なくあしらわれてしまう。
「逆立ちすると痩せる動物ってなんだ?」
『海豚』
「弟には2つあり、妹には1つしかないものって?」
『"と"』
「簡単に動かせるけど絶対に持ち上げられないものは?」
『影』
「……」
暇潰しになぞなぞを出すが、全部即答された。
可愛い弟子のことをもう少し構ってくれても良いんじゃないだろうか。
仕方がないので、溜めていたスキルポイントでも割り振ることにした。
今の取得スキルは、3年前とほぼ同じ。
実はスキル取得はそう簡単なことではなく、色々と条件がある。
まずスキルポイントは大前提として、取りたいスキルのロックを外さなければならない。
初期から取れる幾つかのスキル以外は、デフォルトだとロックされたままだ。
これは特定の行動をしたり、アイテムを使うことで解放することが出来る。
そこまでやって漸く取得する権利が得られるのだ。
解放条件は一応スキルアイコンをタップすれば見られるが、高位スキルになればなるほど抽象的で難易度の高い条件になっていく。
例えば[レイヴ・エッジ]の次に取れる[リバーサル・エッジ]。
これの解放条件はレイヴ・エッジの直後に通常攻撃を叩き込むことだ。
事前に知っていれば、一回の戦闘で解放されるだろう。
今の俺は既に条件を満たしているため、そのままポイントを振った。
そこから分岐する補助スキルも、条件を満たしているものは順番に取得していく。
俺のキャラビルドでは、攻撃系スキルよりも強化系が主体。
[リバーサル・エッジ]の後は、暫く剣技らしい技は取らない。
「……ん?」
ポイントを粗方振り終わり、スキルツリーを閉じようとしたところ。
ふと、ツリーの外側に、新しいスキル群があるのを見つけた。
「《灰迅・一投》? これってあの技術だよな……」
これは煉灰流の最初のフェイント技。
攻撃の初動で相手の反応を見て軌道を変える――簡単なようで難しい騙しの一手だ。
説明文には「命中時、不意打ちボーナス」とある。
しかも既に取得済みになっていたが、スキルポイントを消費した形跡はない。
他にも《灰断・返し刃》、《灰閃・撥刃》など、俺が日常的に使っている剣技が並んでいた。
(これってやっぱり……)
師匠から学んだ技が、何故かそのままゲーム的なスキルとして登録されていた。
俺は輪郭の曖昧な横顔を一瞥し、思いついた仮説に思索を巡らせる。
「……ユニークフラグ踏んだか?」
大抵、ツリー外のスキルは特殊なクエスト等で取得出来る。
例を挙げると、過去に[赤鐘姫の護衛任務]というユニーククエストがあった。
これは発生させた時点でユニークスキルが2つ。進行度に応じて1つずつ貰え、成功させた暁には、ゲーム内屈指の高威力スキルを報酬として受け取れた。
無論、ユニークという名の通り、クエスト発生はサーバー内で一度きり。
スキルを得られるプレイヤーもただ一人。
つまり、俺はもしかすると、ミッドランドに設定されていたユニーククエストのフラグを立てたのかもしれない。
クエストには主役となるNPCが登場するが、丁度横には知性のある珍しい幽霊がいる。
「……いやでも、通知とか無いしなぁ」
元の仕様なら、クエストが始まれば通知が表示される。
未実装エリアで、フラグ管理が機能していない可能性はあるが――
「ま、どっちでもいいか」
いずれにせよ俺の目的は変わらない。
この先に待つのは無数の敵。クエストの有無より、過程で得られた力の方が重要だ。
しかして、今度こそスキルウィンドウを閉じたその時だった。
明確に空気が変わった。
冷たく、重く、湿った風。大地も、墨を垂らしたような黒に変化している。
「嫌な感じだな」
『瘴気の層が濃い。気を抜くな』
警告する師匠の声はいつもより低い。
歩みを進めるほど、空気の密度が上がるのを肌で感じられた。
遠方は薄い靄に覆われ、視界が狭まる。
『瘴気は生命力を蝕む……とは言っても、貴様には効かぬようだが五感は鈍る。注意しろ』
警戒を強めた直後、靄の向こうで“何か”が動いた。
『来るぞ』
低く、鋭い金切り声が耳を裂く。
俺は剣を抜き、正眼の構えを取った。
「……ようやく来たな」
靄の中から現れたのは、鎧の形を留めたまま魔物へと変異した兵士たち。
中身は金属と癒着し、肉がグチュグチュと嫌な音を立てている。
「ガッ……グギギ……」
そこから発せられる声音は、痛みに苦悶しているようにも聞こえた。
生命として歪められたまま生き続けているのは、ある種の拷問なのかもしれない。
俺は息を吐き、歩を1つ進める。
その動きで靄が道を譲るように割れ、同時にそいつらは飛びかかってきた。
『アルシア、油断するな。ここから先は――』
「分かってる。ここからが本番だろ?」
今回の初撃は相手に譲る。
俺は剣を振りかぶり――いや、その前に“誘うように”刃を傾けた。
煉灰流《灰迅・一投》。
鎧の魔物はまだ微かに意識があるのか、或いは無意識にか、誘導に乗って躱す素振りを見せる。
それに合わせ、剣の軌道を変えて頭蓋を叩き切った。
「まず1つ」
今の始まりから終わりまでの動作は、全て自力でやっている。
モーションアシストが付いている素振りはなかった。
ただ、明らかに籠めた力以上の威力が出ていることから、スキル化していることに違いはない。
(まあ、これも全部、試してみれば分かることか)
濃い瘴気の中で、俺は新しい“力”の感触を確かめるように、駆け出した。
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