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8.修行の成果

 なんの因果か、ミッドランドにスポーンして5年。

 正確には5年と10ヶ月と21日。


 どうやらこの間に、俺は時間の感覚がおかしくなったらしい。

 暦は確かに5年進んでいる。

 しかし、体感だと5ヶ月程度しか経っていないように感じるのだ。


「……長命種ってみんなこうなのか?」


 俺は砦の中庭で、使い古した剣の鞘を磨きながら呟いた。


 吸血鬼は食事、睡眠を必要としない不老の存在だ。

 生きたければ何千、何万年と生きることが出来る。

 そんな種になって、俺はもう魂単位で人外に変わってしまったのかも知れない。

 

『何をぶつぶつを言っておる。準備は済んだのか?』


「とっくに終わってるよ。つーか、あんたが来るの待ってたんだけど?」


 不意に壁をすり抜けて現れた半実体の死人。

 今は俺の剣の師匠となった、グリム・モルテスを睨む。

 3年間、この男の指導を受け、俺は遊び(ゲーム)じゃない本物の剣術を学んだ。


『では行くとするか』


「マジで待ちくたびれたぜ……」


 今日は、その成果を試す最初の日だ。

 有り体に言えば、ミッドランドを彷徨う魔物たちとの実戦を行う。

 というか、これからの指導は基本実戦のみになる。


『不安か』


「全然――つったら嘘になるかもな。命懸かってんだ」


『その心構えは寧ろ好ましいが、それでもやるのだろう?』


「当たり前だ。そのために鍛えてもらったんだろ」


 俺は心の隅にある些末な不安を笑い飛ばす。


 ミッドランドを彷徨う魔獣と兵士たちの成れの果て。

 ゲーム風に言えば敵ユニットか。あれらは大抵俺よりレベルが高い。

 下手をすれば普通に殺されるだろう。


 しかし、それでもやらなければならない。

 俺がここから出るためには、奴らより強くなる必要がある。

 実戦によるレベルアップだけが、唯一の活路だ。


「それに、怖いと思って動きが鈍る程軟なメンタルしてないぜ」


『知っている。已れも、顔面に一撃もらうのに目を開けたままの奴は初めて見たからな』


 迷子と幽霊が2人。

 砦から歩き始めて暫く経っても、中々敵が見つからない。


「なあ、師匠ってどういう女がタイプなの?」


『なんだ藪から棒に、言わんぞ』


 なので、適当に話題を振るも素気なく躱されてしまう。

 男の会話なら取り敢えず女の好みを聞いておけば間違いない筈なのだが……。


「じゃあ好きな食べ物は?」


『ドラン・シュニッツェル』


「なにそれ」


『仔竜の肉の薄切りを衣で揚げたものだ。帝都の名物でもある』


 料理の詳細を聞かされ、俺は眉を顰めた。

 名物ということは頻繁に食べられているということ。

 すると竜が畜産されていることになるが、それは100歩譲って良いとする。

 気になるのは、オスカントの人口の4割は竜人族であることだ。


「それって共食いじゃないの?」


『滅多なことを言うな。源流を辿れば同じかもしれんが、已れたちはれっきとしたヒトだぞ』


「あ、そういう認識なんだ……」


『それにお前とてヒトの仲間だが、同じ人間の血を吸って生きているだろう』


 師匠に諌められ、俺は苦笑いを返す。

 確かに俺は吸血鬼。余所の食事情にとやかく言える立場ではなかった。

 


 そんな会話をしつつ進んでいると、漸く瘴気に冒された魔獣の群れを見つける。

 俺が最初に出会ったものと、最初に倒したものとも同じ。

 ヴォルクルという名の、犬型の魔獣だ。


 魔獣たちは目測で10頭程度。

 こちらを見つけると、低い唸り声を上げて威嚇を始めた。

 殺意が風のように吹き付け、肌にピリピリとした痛みを錯覚させる。


『さて、最後に復習だ。獣を相手にする時の構えは?』


 背後で見守る師匠の言葉に、俺は剣を抜いて脱力した。

 腕は弛緩させて切っ先を揺らし、足だけ肩幅に開いておく。


「構えは"無い"。人が相手じゃないなら、攻撃の読み合いは起きない」


『正解だ。では()け』


 その合図と共に、先頭の一頭が吠えた。

 強靭な四肢で地面を蹴り、こちらへ飛びかかってくる。

 3年前は、これにどう対応するかで精一杯だった。


 ――――けれど、今ならその必要すらない。


 肩目掛けて開かれた、ヴォルクルの顎。

 その中心に剣を添えるよう、腕を持ち上げた。

 刃が肉に触れ、次いで骨を裂く感触が掌を伝播する。

 

「まず1つ」

 

 力はさほど籠めていない。

 相手が跳躍した時の勢いを利用して、その体を両断したのだ。


「……やな臭いだな」


 舞い散る血飛沫から腐敗臭が刺し、俺は顔を顰めた。

 仲間が一頭殺られたことに、群れは一瞬動揺を見せる。

 けれど、それもすぐに怒りで塗りつぶされたのか、一頭、また一頭とこちらに駆け出した。


「いいぜ、全員纏めて相手してやるよ!」


 吠えるように地を蹴った途端、世界が一段階だけ遅くなる。

 9つの、鋭い殺気の波が向かってくるのがわかる。

 まずは最前列にいた二頭。


 一頭目が跳ぶ。

 さっきと同じ軌道――いや、“同じに見える軌道”。


「――遅い」


 踏み込みと同時に剣を肩口から滑らせる。

 刃が肉に落ち、跳躍の勢いに逆らわず縦に割った。

 剣を振り抜いた直後に、二頭目が横から噛みついてくる。


「ほらよ」


 足首だけで方向を変え、刃を返して側頭部を叩き斬る。

 まるで相手から死にに来たように見えるが、これが俺の組んだ定跡だ。


『流石に余裕か』


 背後からは師匠の声がする。

 分析するまでもなく、当然と言った声音だ。

 その感想に、俺は肩を竦めて笑う。


「そりゃそうだろ、今のはあんたが教えたんだ」


 残り七頭が一斉に散開し、包囲を組む。

 個体ごとの距離、角度、速度を一瞬で並列に処理する。


 ――左後方から一頭、先走って突っ込んでくる。


 体を半歩だけ沈め、振り返りざまに首を抜くように刈る。

 骨の感触が走り、血が霧のように散った。


『斬撃の軌道……まだ荒いが、勢いは十分だ。次はちゃんと背筋まで使って剣を振れ』


「細かいこと言うなよ」


 軽口を言いつつ、脳内で体の動かし方を修正した。

 グリムはそれに何も返さないが、次また同じ事をしたら怒号が飛んでくるだろう。


「残り六」


『上等だ』


 今度は指摘通り、お手本のような剣筋で四頭目を斬る。 

 すると、包囲が一気に狭まった。

 吠え声と瘴気が混じり、空気が粘つくように重くなる。

 同時に攻撃されると面倒なので、俺はそのまま前へ出た。


 踏み込み、斬る。反転、斬る。

 跳びかかる牙の間合いに、あえて飛び込んで斬る。

 速度を落とさず、視界に入った敵から順に処理していく。


 やがて、灰が舞い始めた。


 一歩、また一歩と前進するたび、足元で崩れていく影が増える。

 そうして、気づけば敵の気配が消えていた。


 十頭いたはずの魔獣は、全て灰になって地面を覆っていた。

 血の臭いと瘴気の名残だけが残っている。


『……終わったか』


 俺は剣を軽く振って血を払い、鞘に収める。

 積み上げて来た経験値が、無駄ではなかったことを感じられた。

 師匠の教えは、確かに俺を強くしてくれた。


『アルシア』


「ん?」


『お前はやはり、“戦いを恐れぬ”質だな』


「いやぁ、どうかな? そう見えるなら、多分なんか麻痺してんだと思うよ。俺も、昔は色々あったからさ」


 そう言いながら、俺は散った灰を避けて歩く。

 瘴気に冒された生き物は、死後灰になってしまうらしい。


「これって、犬の首輪だよな?」


『ああ、今倒した魔獣は元々軍用犬だったからな。人型の魔物も然り、元は已れのような兵士や、軍の所有する従魔の類だ』


 グリムの言葉を聞きつつ、乱雑に散らばる首輪のようなものを拾い上げた。

 これはゲームのドロップアイテムに相当するものだろう。

 しかし、同時に彼らの遺品でもある。


『何をしている?』


「安らかに眠れますようにって、祈ってる」


 俺はその場で両手を合わせ、黙祷を行う。

 元はこんな目に遭う謂れの無い相手だった。

 

「……俺の都合で殺されたんだ、きっと天国には行けるだろ」

 

 殺した相手とは言え、死後の安息くらいは祈っても良い筈だ。

 それに、俺はこれからも沢山殺す。

 この気持ちすらも忘れたら本当の怪物になってしまう。

 まだ人間でいたいという、利己的な祈りなのかも知れないが――

 

「ごめんな」

 

 それでも、俺は両手を合わせることを止めない。

面白い、続きが読みたいと思ったら下の星を沢山付けて頂けると作者のモチベーションが上がりますので何卒よろしくお願いします

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