第八話
野営の焚き火が燃えている。
大蛇との戦闘を終え、周囲に他の異変がないか確認した四人はさらに北へ進み、まだ枯れていなかった小さな泉の側を野営地に定めた。
西家の力が込められた護符の石を四方に配置し、結界を張る。
持参した糧食をそれぞれ口にし、束の間の休息に心を落ち着ける。
「それにしてもあの大蛇、おかしかったな」
ポツリと駿河が呟く。
「おかしいって?」
尋ねる楓には陽向が応えた。
「元はただの白蛇だったと思う。水を求めて彷徨っていただけにしては、体中を覆っていたあの瘴気はおかしい」
「体も瞳も、真っ黒に染まっていたからな」
「駿河の火矢で一瞬照らされた尾の部分は、まだ白い鱗が残っていた」
戦った大蛇の様子を思い出し、楓も頷く。
「そうね。白蛇と言えば、竜神様の眷属のはず。それが…水を求めてうろつき、何か悪しきモノの影響を受けて瘴気に身を染め、人を襲う大蛇へと変異した…?」
「そんなところだろうな」
三人の会話を無言で聞きながら、五十鈴は焚き火に目をやる。
眩暈はもう治まった。指先の痺れも消えた。神通力の制御など、これまで簡単にこなせていたのに。
あの戦闘の時、何がいつもと違ったのか。修練と同じように刀に力を込め、刀身を輝かせて大蛇を屠るはずだったのに。
自分の手を見つめる。神通力を込めてみる。指先がほんのりと温かくなった。
そう、この感覚だ。この温かさが先ほどは感じられなかったのだ。だから、陽向は自分を止めたのだろうか。
向かいに座る陽向に視線を向ける。
「どうした?」
「…さっきは、止めてくれてありがとう。駿河と楓も、ごめん、役に立たなくて」
五十鈴の言葉に幼馴染の三人は顔を見合わせた。楓が微笑む。
「何を言っているの。五十鈴が刀を光らせて大蛇の注意を引いてくれたから、駿河と私で倒せたのよ?」
「そうだぞ。仙北山まではまだかかるんだ。本家の巫女様の活躍はこれからだろ。俺たちにも見せ場を与えてくれよ」
片目をつぶってみせる駿河に、ようやく五十鈴の表情が緩んだ。
「…ありがとう」
そんな三人の様子を眺めていた陽向が、五十鈴の隣に移ってきた。
「五十鈴、手を出して」
「……?」
言われたとおりに右手を差し出す。陽向に手首を優しく掴まれ、手の平を上に向けられた。
「五十鈴、気分はどうだ?」
差し出した右手の上に置かれたのは、青く光る小石だった。
「今は何ともない。これは…?」
「東家の守り石。水の力が込もっているから、清らかな心持ちになれる」
石を握らせた五十鈴の手を陽向の大きな手が包む。
「五十鈴、焦るな。神通力の制御が得意なのは知ってる。だけど今、竜神様の御身に何か起こっているかもしれない状況では、五十鈴の力は思うように使えないのかもしれない」
その言葉にハッとする。
「仙北山に着くまでは…いや、着いてからも、何が起こるかわからない。不安な時はこの守り石を握りしめて、心を落ち着けろ」
「…陽向…」
五十鈴の無力感をわかってくれていた。そのことが、無性に嬉しかった。




