第六十一話
膝から崩れ落ちた駿河に、楓が駆け寄るのが見えた。
いつの間にか参戦していた玄カガチも、接近して苦無で戦っている。
黒い兵団は、ほとんど残っていなかった。
陽向は倒れた響に目をやる。
滝壺から走ってきた五十鈴が、響の側に膝をつく。
「響、響っ!」
五十鈴の必死の呼びかけに、うっすらと目を開ける響。
「…あぁ、鈴ちゃん…よう、やく…会えたね……」
ゴボッと血を吐き、咳き込む響。
「陽向!癒しの術をっ!」
お願い、と響の手を両手で包みながら、五十鈴は涙を堪える。
体の上にかざされた陽向の手を、響が震える手で払い除けた。
「っ!」
「…いら、ないよ…君から、いやし、て…もらうなんて…い、や、だ…」
「響っ!」
払い除けられた手を呆然と見つめる陽向。
「…やっぱ、り…君、なんて、大嫌い、だよ…何度、も、僕のお腹…けっ、て…父、様と、おんなじ、だ…」
荒くなる呼吸で、それでも響は続ける。
「それ、なの…に、あぁ…なんで、すず、ちゃん…は…君が、す、き…なのか、なぁ……」
光が失われつつある黒い瞳が、五十鈴を捉える。
「…あぁ、すず、ちゃん…もっと、僕、を呼んで…僕、がん、ばっ、たんだぁ…君、の腕、で死ねる、なら……」
幼い頃にいつも見ていた、無邪気な笑みを口元に浮かべて、響がその目を閉じた。
五十鈴の握っていた手から、力が抜ける。パタリ、とその手が地面に落ちた。
「…っ!響ぃっ!!」
石の取り除かれた胸元に顔を突っ伏し、五十鈴は堪えていた涙を流した。
陽向の目の前で攫われた。
思考を縛る首飾りをつけられ、意識を奪われた。
こちらの意思など確認せずに、体を繋げようとしていた。
一つ一つが、許せない事だった。
なのに、響の死がこんなにも、哀しい。
どうして、救ってあげられなかったのか。
自分を責め続ける五十鈴の手を、戦いで傷だらけになった陽向の手がそっと包んだ。
「五十鈴、自分を責めるな。責められるべきは、俺だ」
陽向の言葉にも、顔を上げられない。
もっと、響の話を聞いてやればよかった。もっともっと、北家と関わりを持てばよかった。
あんなに心を壊される前に、助けられたかもしれないのに……。
黒い兵士たちをすべて倒し、玄カガチが縛り上げている間に、楓は駿河の負傷を確かめる。
「…っ、こんな、酷い…」
回復の秘薬の効力が追いつかない。
特に重傷なのは二の腕あたりから切断された右腕と、潰されて血が固まってしまっている左目だ。
切り落とされた時に適切に処置せず、とりあえずの止血だけで済ませた腕の切断面が、膿んできている。
楓は震える指を、駿河の目元に伸ばした。
「…悪ぃな、こんな、醜い傷なんて見せて…」
ぜぇぜぇと荒い息を漏らしながら、駿河がいつものような軽口を叩く。
声に普段の余裕がない。
一刻も早く、都へ連れ帰り治療しなければ。
「私が担いでいく!都へ帰る!」
楓の言葉に、駿河が笑いを漏らす。
「…お、前…その小さい、体で、俺を担ぐ、のか…?」
「そうよっ!もう喋らないで、血が流れる!」
止血の為の布ももうない。
兵士たちの衣を引き裂き、長く一つに束ねて、駿河の体を己の体に縛り付ける用意をする。
「これで、私の身と貴方の身を繋いで走るから。だからっ…駿河?」
布から目を上げ、駿河を見る。
閉じられた赤い瞳が、こちらを見返す事はなかった。




