第五十八話
伸ばされた震える腕に再び囚われそうになった瞬間、頭の奥に声が響いた。
『…巫女よ、そやつの胸に巣食う石を奪え』
「!」
自分を捕まえようと伸ばされた腕を、逆に掴む。
ぐいっと引き寄せ、響の胸元に手を伸ばした。
「鈴ちゃんっ?」
「ごめんね、響」
傷だらけの肌。乱れた襟元から覗いている腹部には、痣の跡も見えた。
どれだけの時間、暴力に晒されてきたのだろう。
響の胸にめり込み、体中に真っ黒な筋を伸ばしているその石を、引き剥がそうと手で触れた。
ビクン、と響の体が跳ねた。
いやいや、と抵抗するように、首を振る響は迷い子のようで、涙を流さずに泣いているように見える。
ぐっ、と力を込め、黒い石を引っ張る。響の体の一部になっているように、張り付いて剥がれない。
だが、竜神が告げてきたからには、奪えるはずだった。どうすれば…。
焦る五十鈴の目に、地に放られた東家の守り石が見えた。
「…!」
響に奪われた、陽向から預かった東家の守り石。簪で突き刺され、ひび割れてしまった青い石が、こちらに向かって輝いているように見えた。
響の体の石から手を離さないまま、心の中で唱える。
『お願い、今だけでいい、力を貸して…!』
応えるように、守り石が青く光り輝き、その場をまばゆく照らし出した。
響の胸に埋まった石が、ほんの少し動いた気がした。
指先に力を込め、強引に、黒々とした石を引き剥がす。
「…ぁ…」
体中に根を張っていたような石が、その真っ黒な筋ごと、響の胸から剥がれた。
手にした瞬間から、神通力を奪われるようだ。
「く…っ」
『我が滝壺へ、投げ入れよ』
座り込んでいた寝台から飛び降り、祭壇を走り下りて、滝壺へと駆け出した。
「五十鈴っ!」
焦った陽向の声が追ってくるが、応える余裕もなく、五十鈴は走った。
たどり着いた滝壺の清らかな水の中へ、響の胸から引き剥がした黒い石を、放り投げた。
吸い込まれるように石が水に沈んだ瞬間、御神座で爆発したような音が響いた。
振り返る五十鈴の瞳に映る、破裂した黒い大石。
御神座の周りで祝詞を唱えていた四人の神官が、地に伏していた。
五十鈴の側へ駆け寄った陽向が、彼女を背に庇うように立って御神座へ視線を走らせる。
黒々と瘴気を立ち上らせていた大石から、長大な、銀色に輝く竜の体が飛び出してきた。
空を覆い尽くす、銀の竜。
【神楽京】の守り神であった。
囚われていたという大石から解放された竜神の姿に、ほうっと息を吐いていると、震える声が祭壇から聞こえた。
「…ダメだ、鈴ちゃん…僕は、また…弱くなっちゃう」
胸を押さえ、祭壇に蹲る、震えながら頭を地面にこすりつける響の姿がそこにはあった。




