第五十七話
底冷えのするような瞳で、青年が玄カガチを睨めつけている。
「まさか、生きてたなんてねぇ。湊は喜んだでしょう?」
五十鈴の手首から掴んでいた手を離し、青年ーー響が立ち上がった。
「なん…」
一瞬で距離を詰めた響が、玄カガチの顎を掴み上を向かせる。
反応できなかった陽向が、水刃を放とうとしたところへ、黒い障壁が発生した。
「ちっ!」
障壁を切り裂くように、水刃を叩きつけた。
少年の黒い瞳を覗き込む、よく似た黒曜の瞳。
「そっかぁ、生きてたのかぁ。じゃあ、僕の名前を名乗らないとねぇ」
にっこり、と笑う響。その場違いな笑顔に、玄カガチの背筋が凍りそうになる。
「僕は、北家の当主、響。君の、お兄さんだよ、凪」
「!!!」
響の口が何を語ったのか、頭が理解を拒んだ。
息を呑む少年に、響は続ける。
「ふふっ、そんなに怯えなくても。君の事は、湊たちが逃がしたんだもんねぇ。僕より力が弱かったから、父様に必要とされなくて、よかったね。とっくに死んだんだと思ってたけど」
「な、何言って…お、俺は…」
「今からね、僕と鈴ちゃんの、大事な儀式なんだ。君には特別に席を用意してあげようかな」
歌うような声で、玄カガチの手首を強い力で握った響が、引きずりながら祭壇へと戻ろうとする。
その響の足元へ、陽向が足払いをかけてきた。
「おっと」
障壁を切り裂いて走り寄ってきた陽向の足を、ひょいと避ける響。
その隙に、己の手を取り戻した少年が苦無を構えた。
「しつこいねぇ。君は、僕たちの儀式を眺めているだけでいいのに」
「させるかよ。お前が響だって言うんなら、何故こんな事をする?五十鈴を悲しませるような事を」
陽向の責めるような問いかけに、初めて、響が動揺をその瞳に浮かべた。
「鈴ちゃんを、悲しませる…?」
「そうだろう。黒ずくめのならず者に攫わせて、こんな訳のわからない場所に閉じ込めて、あげくにお嫁さん、だと?五十鈴の意思なんて、何一つ尊重してないじゃないかっ」
「…そんちょう…」
陽向の言葉を口の中で反芻するように呟く響の唇が、わなわなと震え始めた。
「そんな、わけ…僕は、鈴ちゃんと、一つに…」
「だからっ!それが尊重してないと言ってるんだっ」
「うるさいっ!!」
突然叫び、陽向に黒い炎を撃った響が、祭壇の五十鈴に手を伸ばした。
「っ!」
黒い花の首飾りを何とか外そうとしていた五十鈴の手首が、再び囚われる。
「っ響、離して」
「いやだ…いやだいやだ!」
五十鈴の拒絶に深く傷ついた顔をして、頭を振りながら響が叫んだ。
「僕は…鈴ちゃんと一つになって、竜神様になるんだっ!父様がそう言った!そうすれば、鈴ちゃんとずっとずっと、一緒にいられるって…っ!」
五十鈴の意思などまったく考えていない、幼子のような主張なのに、五十鈴は何故か、泣きそうになった。




