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竜の待つ都  作者: 紫月 京
第四章 囚われた妄執と崩壊

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第五十五話


大きく広げられた装束の胸元に、青年の細い指が触れていた。

そっと撫でるような動きに、嫌悪感を覚えた。

力の入らない指先を、それでも動かそうと身動ぎする。

「…鈴ちゃん?」

きょとん、とこちらを見つめるこの青年は、幼い頃に本家で育った北家の響のはずだ。

黒い髪に、黒い瞳。

真っ白な肌は穢れなど知らないようで、だが、広げた襟元から見える、黒い石の埋め込まれた肌は、古い傷でボロボロだった。

そして、石を中心に体中に伸びる、真っ黒な筋。

視線を巡らせると、御神座に置かれた大石から、響の胸元の石へと瘴気が吸い取られていくのが見える。

ぐっ、と力を入れて腕を上げ、響の石に指で触れる。

すべての神通力を吸われそうな、不快感が体を襲った。

「っう…」

五十鈴の動きに目を奪われていた響が、微笑んだ。

「鈴ちゃん、僕に触れてくれるのは嬉しいけど、これはダメ」

悪戯を咎めるように無邪気に、五十鈴の手首を優しく掴む。

「これはねぇ、鈴ちゃんと一つになった後、僕が竜神様になる為に必要なモノなんだ。だから、触っちゃダメだよ」

優しく言い聞かせるように話す響に、五十鈴が強い意思の宿った瞳を向ける。

「貴方は、北家の響、ね」

五十鈴の手首を掴んだまま、響が嬉しそうに笑った。

「思い出してくれたの?凄いね、鈴ちゃん。父様のかけた幻惑の術は、完璧だったはずなのに」

「幻惑の術?」

ふふっと笑い声を漏らしながら、五十鈴の手首から手の甲へと、その肌を撫でる。

鳥肌が立つ。

だが、夢で竜神が言っていた事が真実なら、響の目的をはっきりと聞き出したかった。

嫌悪感を胸の内に押し込めて、続きを待つ。

「父様はね、我が家に代々伝わる大地の力は弱かったんだって。だから、代わりに、口伝でだけ継承されてきた秘術を、たくさんたくさん、練習したんだって」

北家の前当主、響の父親。

まったく顔が思い出せなかった。響が十歳の頃、亡くなっているはずだった。

「鈴ちゃん、僕の顔や父様の顔、覚えてなかったでしょ?」

遠い記憶を探すように、少し上を見つめる響。

「僕はね、君たちが僕の事を忘れちゃうのが、悲しかった。父様に家に閉じ込められて、会えなくなるだけでも嫌だったのに、忘れられるなんて、悲しくて死んじゃう、って思った」

悲しい、と言いながら、五十鈴の手を握ったまま話す響は、とても楽しそうだった。

「だから、父様がこの石を僕に埋めた時、一つだけ願い事をしたんだ。鈴ちゃんたちが、僕の事を完全には忘れないように、って」

石を、埋めた?響の父親が…?

そんな非道な仕打ちを実の親から受けて、笑い話のように話す響が怖かった。

竜神の言葉が思い出される。


『不届きで不憫な者』


響の事を言っていたの…?

そんな酷い事をされていたのに、今笑っているのは何故…?

五十鈴の疑問に答えるように、響は囁いた。

「だって、鈴ちゃんにお嫁さんになってもらうんだから」



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