第五十四話
『…巫女よ…』
誰かが呼んでいる。
水の中にいるように、くぐもって聞こえてくる。
『…我が巫女よ、応えよ…』
…竜神様?
目を開く。
白くぼんやりとした空間。漆黒の長大な竜の影が浮かんでいた。
「…竜神様…?」
『気がついたか、我が巫女よ』
「ここ、は…」
周囲を見回しても、竜神の影以外、他には何も見えなかった。
起き上がろうとして、自分の指先が透けているのが目に映る。
「これ…」
『ここは、其方の夢の中』
「夢の中…?」
『現実の其方は、悪しき術を用いた儀式の最中だ』
悪しき術…。
そう言えば、誰かが耳の側で囁いていた気がする。
一つになろうとか、何とか…。
ぎょっとして目を見開き、透ける体をガバリと起こす。
影の竜神と、目が合った。
「竜神様、そのお姿は、どうなされたのです?」
銀色に輝く鱗を持つはずの、竜神の闇色の影。
『我が身は囚われ、血族の闇の石に取り込まれておる』
「囚われた…?竜神様の尊き御身を、どうやって…」
『我の油断については、今はよかろう。其方、早う目覚めねば、望まぬ婚姻を結ばれようとしておるが…』
竜神の言葉に、驚愕で目を剥いた。
「望まぬ婚姻!?私が?誰と!?」
『我が身に取って代わろうという、不届きで不憫な者と』
竜神の言葉に、実体のない身が震える。
神に取って代わる?何と恐ろしい事を考えるのか。
一体、誰が…。
言葉を失っていると、再び竜神が声を掛けてきた。
『我が身は、今、其方の助けにはなれぬ。
我を解放し、悪しき野望を打ち砕け』
都の守り神とも思えぬ弱気な言葉に、首を傾げる。
「竜神様のお力は、弱まっておいでですか?」
『長き時に渡り、我が力は忌々しい石に吸われ、あの不憫な者へと取り込まれ続けた。
人の子には過ぎた力ではあるが、増幅する術を身につけたかの一族は、我が身を石に封じ、力を取り込み続けておる』
竜神の影が語る、おぞましい真実。
そんな陰謀に、自分たちは巻き込まれているのか。
『其方の護り刀が、死闘を繰り広げておる。
我が身に取って代わろうという、妄執に取り憑かれたあの者の過酷な運命を、其方も戻ってともに救ってやるがよい』
そこで、竜神の言葉は途切れた。
眠ってしまったかのように、白い空間に静寂が流れた。
早く目を覚まさなければ。
どうすれば、ここを出られるのか。
焦燥感を募らせていると、何かが唇に触れた気がした。
優しく唇を撫でるその感触は、気色悪くて、肌が粟立つようだった。
違う。これは、私に触れていい指ではない。
私に触れていい相手は、私が決める…!
ぐっと体に力を入れて、目を開けた。
光を取り戻した赤く輝く瞳に、黒髪の青年の、触れそうなほど近くにいる顔が映った。




