第五十話
神事を執り行う黒い絹の装束を着た者たちが、大きな木箱を運んでくる。
四人がかりで、恭しく掲げ持つ箱を、滝壺前の御神座へしずしずと運ぶ。
黒曜石で設えられた御神座へと、そっと箱が下ろされた。
神事長らしき老人が、ゆっくりと箱の蓋を開ける。
中には、赤子ほどの大きさの黒々とした石が、昇った朝日の光に照らされて妖しく輝いていた。
御神座の前には、同じく黒石で造られた台座が置かれ、数羽の白兎が横たえられている。
神官たちが、小刀で切った首元に、黒い小石を埋め込んでいく。
真っ白な毛皮に包まれていた白兎の体から、黒い瘴気が立ち上った。
ぱんと両手を打ち鳴らし、響が無邪気な声を出す。
「やっと準備ができたね!」
にこにこと笑いながら、朦朧とした意識の五十鈴の手を引く。
「さぁ、鈴ちゃん。ずっと一緒にいよう」
「……」
一歩ずつ、確かめるように歩く響に抵抗できず、五十鈴の足が御神座へ向けて踏み出した。
黒い祭壇に設置された石造りの寝台へと、五十鈴を誘う。
「ここで、僕たちは一つになるんだよ」
嬉しそうに、幸せそうに微笑みながら、五十鈴の体を横抱きにし、肌触りのいい布が敷かれた祭壇の寝台へ、彼女の身を横たえた。
御神座の周囲に立った神官たちが、祝詞を唱え始める。
黒く染まった兎が、体を震わせて飛び跳ねていた。
周囲に焚かれた黒い炎から立ち上っていた煙が、御神座の大石に吸い込まれ始める。
輝きを増した黒石から、響の胸元へと瘴気が向かってきた。
響が黒装束の襟元をくつろげ、真っ白な肌を五十鈴の視界に入れる。
傷だらけの肌に、御神座に置かれた石と同じような黒い、禍々しい石が埋め込まれていた。
はっきり思考できない五十鈴にも、その異様さは伝わった。
「…っ」
目を見開いた五十鈴に、響が語りかける。
「あの魔獣たちはねぇ、僕と鈴ちゃんの世界を守ってくれる兵士なんだよ。白いままじゃ、僕の言う事聞いてくれないからね」
五十鈴の視線の先に気づいた響が微笑みながら言う。
「ねぇ、鈴ちゃん。僕ね、この時をずっとずっと、待ってたんだよ。父様に言われた通り、君に会えない日々も、ずっとこの石に、力を溜め込んでたんだ」
埋め込まれた石に触れ、ふふっと笑う響は、五十鈴の顔へと手を伸ばしてきた。
「……!」
身をよじって逃げ出したいのに、体に力が入らなかった。
つ、と五十鈴の頬に響の指先が触れる。
びくんっ、と身を震わせて、五十鈴の瞳が潤み始めた。
「僕は、ここで君と一つになって、新しい竜神様になるんだ」
狂っている、としか思えない言葉を当然のように言い放つ響は、微笑みを浮かべたまま、五十鈴の頬を優しく撫でる。
「父様はね、きっと間違えたんだよ。母様を食べちゃ、ダメだったんだ」
輝きを失った赤い瞳から、涙が一筋、流れた。
五十鈴の目尻に唇でそっと触れ、流れる涙を舐め取る響。
「泣かないで、鈴ちゃん。大丈夫、一緒に幸せになろうね」
身動きできない五十鈴の首筋で、黒い花の首飾りが光る。
「竜神様の見ている前で、僕と君は交わって、そして、新しい世界を創るんだ」
恍惚とした表情でそう告げ、五十鈴の上に響が覆いかぶさってきた。
唇が触れ合おうとしたその瞬間ーー。
「五十鈴!!」
腹の底から絞り出したような、怒号が響いた。




