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竜の待つ都  作者: 紫月 京
第四章 囚われた妄執と崩壊

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第四十八話


「…あ」

ふと呟かれた声に、ぼんやりする頭で振り返った。

黒い衣を着た侍女に湯浴みをさせられ、全身を清められた後で、真っ白な絹の装束を着せられ、頭には鈴があしらわれた冠をつけている。

頭を動かすたびに、シャンシャンと鈴が鳴る。

銀糸の刺繍で彩られた黒装束を着た青年が、微笑んでいた。

「湊が、還ってきた」

「…?」

首を傾げる五十鈴に、青年は嬉しそうに笑う。

「鈴ちゃん、綺麗だよ」

座っていた椅子から立ち上がり、両手を広げて歩んでくる。

逃げ出したいのに、体が言う事を聞かない。

いや、何故逃げる必要があるの?

いいえ、ここにいてはいけない。逃げ出さなきゃ…。

まとまらない考えに、ぞわぞわと、肌が粟立つ。

青年の腕の中に囚われた。

抜け出せない。逃げ出したい。いえ、ここにいなくちゃ。

「もうすぐ、儀式の準備はすべて整うからね。もう少し、待っていてね」

にこにこと笑う青年に、五十鈴は頷く。

いや、違う。行かなきゃ。

どこへ?私はここにいるのよ。

きっと向かってきてる。ここで待っていればいい。

誰を…?

動揺に揺らめく五十鈴の視界に、二人の屈強な男の姿が映った。縛られた人々を荷物のように担ぎ、建物から運んでくる。

祭壇前で焚かれている黒い炎の中へ、担いでいた人を投げ入れた。黒い、瘴気のような煙が立ち上る。

助けなきゃ…!手を伸ばそうとする。

「何を考えているの?」

柔らかい声に、思考が縛られる。

ダメ…!私じゃ届かない。早く…早く来て…!

「誰の事を、考えているの?」

「…ぁ…」

白い指を顎にかけられ、上を向かされる。

黒曜の瞳が絡みつく。

「んー…、紅の色は、もう少し淡い方が、可愛いかなぁ?」

呟いて、五十鈴の体を腕に閉じ込めたまま、青年が振り返る。

「ねぇ、お化粧を担当したのは誰?」

問いかけに、後ろに控えていた黒ずくめの一団の中から、侍女が一人進み出た。

「わたくしでございます」

「うん、じゃあ、君はもう要らない」

そう言って、青年が軽く指を振ると、侍女の首が飛んだ。

ゴトリ、首が落ちる音が響く。

控えていた者たちが、飛び散った血を拭き、落ちた頭を拾い、侍女の遺体ともに祭壇の黒い炎に放り込んで、何事もなかったかのように立ち位置へ戻った。

「僕のお嫁さんに似合うお化粧をできないなんて、ダメだよねぇ」

親指で五十鈴の唇に乗せられた赤い紅を優しく拭い、別の侍女に化粧箱を開けさせる。

「そう、その真ん中の、薄い桃色」

侍女に指示し、抱きしめたままの五十鈴の唇に淡い色を乗せさせる。

化粧を終えた侍女が下がると、青年は五十鈴の顔を覗き込み、満足そうに頷いた。

「うん、よく似合うね」

微笑まれると、体に力が入らない。

怖くてたまらないはずなのに、青年の顔から目が離せない。

逃げたい。いいえ、逃げる必要なんてない。

繰り返される思考の波に、溺れてしまいそうだった。

「ねぇ、鈴ちゃん。僕の名前を呼んで」

とろけるような瞳で、青年が言う。

「鈴ちゃんに名前を呼んでもらえたら、僕、もっと強くなれる気がするんだ」

「…ひび、き……」

五十鈴の答えに、青年ーー響は心の底から幸せそうな笑顔を浮かべた。



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