第四話
陽向の悔やむような表情に、五十鈴も言葉を返せない。
沈黙が場に流れる中、廊下の奥が騒がしくなってきた。誰かの叫び声も聞こえる。
陽向が扉から顔を出す。と、本家の衛士が走ってくるのが見えた。
「東の二の君!そちらに巫女様はおいでですか!?」
「何事だ?」
日頃の穏やかさとは別人のように鋭い声を出す陽向に、五十鈴も気を引き締める。
神楽京では、高貴な相手の名前を下の者が呼んではならない習慣がある。神通力を持つ者への礼儀である。
五十鈴は巫女様、東家の次男である陽向は東の二の君と呼ばれていた。
駆けてきた衛士が、息を整える間もなく叫ぶ。
「仙北山の山頂から、火の手が上がっていると報告がありました!」
「「!!!」」
五十鈴と陽向は同時に息を呑む。
竜神の棲まう仙北山に火の手が……。一体何が起きているのか。
五十鈴は両親の形見である護身用の小刀を懐にしまい、陽向とともに出てきたばかりの奥の部屋へと足早に向かう。
長老たちはまだ奥の部屋に揃っていた。重苦しい雰囲気が漂う。
「五十鈴、陽向。報告は聞いたな?」
「ええ。仙北山の山頂から火が上がっていると…」
「荷造りは終えたか?すぐにも出立してほしい。必要な物があれば、後から兵に追わせる。最低限の物だけで旅立ってくれ」
「俺は装備を整えてきている。すぐに出られる。五十鈴はどうだ?」
陽向の問いに小さく頷く。
「護身用の小刀と戦闘用の刀、守りの呪符は身につけているから、大丈夫よ。いつ何があってもいいように、荷造りはほとんど終わってたの」
「ならすぐに出発だ」
「でも、今出たら統治院に知られるのではない?」
五十鈴の心配には大老が答えた。
「五十鈴と背格好の似た者を部屋に籠める。すでに日は沈んだ。宵闇に紛れて出立するがよい」
五十鈴と陽向は顔を見合わせ、頷く。
自室に準備してあった荷を背に負い、山道を歩けるように底の厚い靴を履く。修練のための動きやすい衣を着ていたため、着替えの必要はなかった。
特徴的な髪を隠す麻の帽子を被り、黒い外套を纏って屋敷を抜け出した。
仙北山の山頂は都にいても見える。夜の闇に、火の赤がうっすらと浮かんでいた。
通りを行く人々の表情に不安が見て取れる。
都の守り神の御身に何かあったのではと、どの顔も怯えていた。
五十鈴と陽向は人混みを避け、最速で目的地へと向かうために都の北門へと駆け始めた。




