第四十四話
時が止まったかのような静寂が流れる。
敵の前にしゃがんだ陽向、男の首に短剣を突きつける楓、玄カガチからもらった秘薬で怪我を回復させた駿河。
そして……。
「…な…何言ってるんだ…?」
困惑と恐怖を声に乗せた、黒髪の少年。黒曜の瞳は動揺に揺れている。
「あ、あんたなんか、知らない!俺は、【結ノ里】の、玄カガチだっ!」
震える声で告げる少年に、湊が近づこうとする。
「っ!」
楓が持つ短剣が、押し当てられた首の皮膚を切る。慌てて手を引く楓。
血が流れるのにも構わず、少年へと近寄ろうとする湊に、陽向が制止の声を掛けた。
「動くな!」
己の手と柄を結んでいた布を引き剥がし、構え直した大剣を湊へと向ける。
「あいつに近づくな。知っている事をその場で話せ」
今ようやく陽向の姿に気づいたように、動きを止めて湊が見上げてきた。
「邪魔をしないでいただけますかな、東の二の君。私は、あの方に用があるのです」
「敵を仲間に近づけさせる訳ないだろう」
「そうですか。今の私は貴方の術で身動きもできないというのに、融通が利かないですね」
やれやれ、とでも言いたげな顔で首を振り、湊が縛られたまま体の向きを変えた。
「私を信じろとは申しませんが、あの方を傷つけるつもりはございません」
「そうだな、信じるはずがないだろう。お前は、俺たちの仲間を攫い、この場で襲ってきた敵だ」
「生きて再びお会いできるとは思っていなかったお方に、今生で再会できた喜びを噛み締めているのですよ。少しは浸らせてくださってもよいでしょう」
「ほざけ。とっとと、知っている事を吐け」
切り捨てるような陽向の声に、湊が苦笑を浮かべる。
先程戦っていた時までとは違い、話の通じる気配がした。
水の縄で縛り上げられた男を中心に、陽向、駿河、楓が周囲を囲む。玄カガチは、念の為に湊から少し離れた場所に立たせた。
「詳しい事をお話しするつもりはございません。お話ししても、理解していただけないでしょう」
静かに、湊が語る。
「ですが、そうですね…我が一族が呪われている事は話したと思いますが…そう、そちらのお方は、過酷な運命から我らが何とか逃がしたお方。辛い思いをするのは、一人だけで充分だと、そう思っていたのですよ」
「結局、何の話だ?」
首をひねる駿河に、楓が「しっ」と唇に人差し指を立てた。
「私のお仕えする主は、幼い頃に既にお心を壊されてしまいましたからね。今のあのお方は…無理に歪められた執着に支配されておいでだ。だが、一族の悲願を達成する為には、どうしてもあのお方が必要。胸の内で血の涙を流しておいでだったとしても、私どもにはどうする事もできませんでした」
具体的な事を何も語らない湊に、陽向は苛立つ。
主とは誰なのか。悲願とは、一体何の事なのか。
そして、その野望に、五十鈴を巻き込もうとしているのか。
知りたい事を、何一つ聞けていなかった。




