第三十九話
重たい足を引き摺りながら、薄暗い廊下を歩く。
簪で再び髪をまとめた後、しっかりと帽子を被り直した。
湊という男に素性が知られているのなら、もう隠す意味はないのかもしれない。
だが、この見知らぬ土地で、陽向たちと合流しないまま、正体を知る者を増やしたくはなかった。
屋内は、それほど広くはなさそうだ。
先程縛られていた人たちは、どこへ運ばれていったのだろう。
【結ノ里】から連れて来られた人たちだろうか。それとも、統治院から来た人?
いずれにせよ、彼らの事も助けなければならないだろう。
湊が言っていた儀式とは何の事なのか。伴侶とは何だ、気持ち悪い。
わからない事だらけで気味が悪かったが、怯えている場合ではない。
陽向たちは、きっとこちらへ向かっている。
少しでも、距離を近づけておきたかった。泣き言など、言わない。
壁に手を当てながら、ゆっくりと廊下を進む。
音を立てたくはなかったが、忌々しい手枷に繋がれた鎖が、動くたびにジャラリと重たい音を響かせる。
足枷にも鎖が繋がれ、肩幅程度にしか足を開けない。自然、歩みは遅くなる。
それでも慎重に進み続け、修練で鍛えられた眼に、突き当たりらしき扉が見えてきた。
「外に通じているといいんだけど…」
自分を力づけるように呟き、たどり着いた扉の取っ手を握ろうと手を伸ばしかけた。
ガチャリ、と向こう側から扉が開かれた。
「……っ!」
悲鳴を必死に飲み込み、身をかがめる。
扉から現れたのは全身黒ずくめの男が二人だった。
開けられた扉の影に身を隠した五十鈴には、気づいていないようだ。
「村人は全部で何人だった?」
「十五人くらいじゃないか。急げ。黒い炎が燃え始めた。贄を投げ入れて、火を絶やすな」
「二人で十五人運ぶのかよ。他に応援は来ないのか?」
「ご当主の側近様が、侵入者を始末しに出られただろ。兵はそっちに集中してる」
「やってられねぇなぁ…」
ため息を吐いた一人に、もう一人が慌てたような声を出す。
「馬鹿、お前。聞かれたら殺されるぞ」
「側近様は出払ってるんだろ?誰も聞いてやしない。急ごうぜ」
足音とともに、男たちの声が遠くなる。
五十鈴は身動きできなかった。今の会話はどういう意味だ。
黒い炎?贄を投げ入れる?不穏な言葉の数々に戦慄したが、何よりも気になったのはーー。
『側近様が、侵入者を始末しに出られただろ』
侵入者とは?まさか陽向たちの事では?
心の臓がドクドクと音を立てている。冷や汗が止まらない。
得体の知れない湊という男。濁った瞳の、気持ち悪い男。
兵が集中しているとも言っていた。陽向たちが危ない。
二人が戻ってくる前に、五十鈴は鎖が音を立てるのにも構わずに、開かれた扉から飛び出した。




