第三話
統治院は都の東に位置する土地に、議事場を所有している。
民に選ばれた議員たちが、納められた税をどう遣い、人々の暮らしをより豊かにしていくかを話し合う場だ。
その統治院の議事室に召喚された長老の一人が持ち帰ったのは次のような話であった。
原因不明の水不足が【神楽京】を襲っている。
このままでは民の生活にも支障をきたすであろう。
竜神様の御身に何事か起こったのかもしれない。
統治院からも調査のための人手を仙北山へと送っているが、誰一人として帰還しない。
神楽族からも人を差し向けてほしい。
しかし、本家の直系である五十鈴が都を離れることは容認できない。巫女の御身にまで何かあっては困る。
この要請を受けて、神楽族本家の屋敷で長老たちと五十鈴で話し合いが行われていたのだ。
だが、五十鈴としては他の誰かに調査を任せるつもりはなかった。今は聞こえないとはいえ、竜神の声が聞こえるのは自分だけなのだ。
しかし、それを知る者は一族の中でも一握りの人間だけだ。娘が政治利用されることを嫌った亡き両親の意向であった。
幼い頃に仲良く交流していた陽向にも、秘さなければならなかった。
五十鈴は本来、隠し事が上手いほうではない。秘密を抱える苦しさに、段々と、陽向から距離を置くようになっていた。
だからーー。
「嫌われてるって…なんで」
陽向の声に、我に返る。こちらを真っ直ぐに見つめる、海のような青い瞳。
そうだ、小さい頃はこの瞳が好きだった。思い出すと同時に、父の言葉も蘇る。
『五十鈴が竜神様のお声が聞こえることは、誰にも言ってはいけないよ』
始まりの巫女の先祖返りのような容姿と神通力の高さに加え、竜神の声が聞こえることまで知られれば、五十鈴を欲しがる権力者は増えるだろう。
父の憂慮も今ならわかる。わかるが、幼馴染に何も言えないのは辛いことだった。
「…陽向の修練が始まる頃から、疎遠になっていったでしょ?」
自室まで戻り、扉を開けて室内に入りながら五十鈴は呟く。
「それに、さっきも言ったけど、春親兄さんの補佐で忙しい陽向は、本家に来ることも減ってたし」
陽向のほうを見ないようにしながら、荷造りを始める。
疎遠になった理由は、陽向にある訳ではない。自分が大きな秘密を抱えていることに罪悪感があったのだ。
それを陽向のせいであるかのように言い訳する己が嫌になる。
「五十鈴の言うとおり、兄貴の補佐も修練も忙しかった。けど、五十鈴だって大変だっただろ?」
思いの外優しい声音に、手を止めて振り返る。
「私が…?」
「御館様と奥方様が同時に亡くなって、本家の最後の一人になってしまって、不安だっただろう?なのに、忙しさを言い訳に俺だって本家に寄りつかなかった」
五十鈴は目を見開く。陽向がそんな風に思っていたなんて知らなかった。
「本当はもっと、頻繁にお前のところに顔を出すべきだったんだ。けど、御館様も奥方様も、小さい頃から俺のことも可愛がってくれてたから、この屋敷に来るのは辛かった」
目線を下げる陽向の顔に、いつもの微笑みはない。
飄々としている印象だった幼馴染の珍しい表情に、五十鈴も目を丸くする。




