第三十六話
仙北山中を陽向が駆ける。
踏み荒らされた獣道を、必死の形相で走っていた。
その後を、駿河と楓が追う。三人が目指すのは山頂の祠だった。
目の前で五十鈴を攫われるという大失態に、護衛である陽向は言葉もなかった。
地に落ちた五十鈴の抜き身の刀。拾い上げると、刀身は輝きを失っていた。
ふらり、と森へ足を踏み出しかけた陽向の腕を、玄カガチが強く掴んだ。
「……!」
「水の君、森に入るな。森は竜神様の領域だ。許可なく入れば命の保証はない」
「だが、こいつらは森から出てきた!」
倒れている男たちを指差し、陽向が叫ぶ。
「だから、おかしいんだ。冷静さを失ったら、お姫さんを助け出せない」
少年の指摘に、頭に血が上っていた陽向はハッと息を呑む。
倒れた男たちを検分していた楓が立ち上がった。
「素性を表すものは何も身につけていないわね。クロ、この中に、都から来た役人の仲間はいるかしら?」
「いや、どいつも見覚えはない。けど、村の人間じゃない。都からは、他にも御山に向かって人が来たんだろう?そいつらじゃないのか」
水不足の原因を探るべく、差し向けられた統治院からの人手。
縛り上げた男たちは、統治院の人間だろうか。
曲者たちとは反対側で、倒した熊型の魔獣の死体を調べていた駿河が、三人に声を掛ける。
「この魔獣からも、やはり黒い石が出てきた。今までの魔獣と同じだ」
陽向と駿河も、北家の刻印の入った石を既に見ている。
二人には内密に五十鈴に話した楓だったが、最早隠す意味はなかった。
「白の君を攫ったのがどんな勢力かわからないけど、北家が無関係とは思えなくなってきたわね」
そして、決意を込めて二人を見た。
「二人とも、ひび…大地の君でいいわね…の顔を覚えてる?」
楓の問いかけに、陽向と駿河の二人は幼い頃の記憶を思いだそうとする。
先に答えたのは駿河だった。
「何か…朧気って言うか…おかしいな、よく思い出せない」
「…俺もだ。本家で一緒に育てられたはずなんだが」
二人の言葉に頷き、楓は玄カガチに視線を向けた。
「クロ、都から来た役人の容姿を覚えてる?」
問われた少年が、力強く頷く。
「ああ。全身黒の装束を着た、三十くらいの優男で、黒い髪だった。瞳の色も、黒っぽかったような気がする。何か、濁って見えたんだよな」
「そう…今の統治院に北家からは参加してない。と、言う事は、村長たちを連れ去ったという役人は、統治院ではなく北家から来た不審者という事になる」
焦れたように、陽向が声を荒げる。
「相手が誰だろうと、白の君を救出に行く。ここで悠長に推測してる場合じゃない!」
「悠長にしている訳ではないんだけど…。白の君が連れ去られた場所に、見当はつくの?」
ぐっと言葉に詰まる陽向。
冷静さを失っている幼馴染にため息を吐いて、楓は玄カガチに視線を戻した。
「クロ、この山に、連れ去った白の君を閉じ込めておけるような場所はあるのかしら?」
しばらく考え込み、玄カガチは答えた。
「御山の頂上、竜神様の住処である滝壺の側の祠かな。祠の隣には、滝壺を管理する家が建ってる」
目的地が決まった瞬間だった。




