第三十五話
室内を調べる。
枷をつけられているせいで動きにくいが、どこかに抜け出せる穴がないか、陽向たちに居場所を報せる術がないか、探らなければ。
道中で背に負っていた荷が、地に放られているのに気づく。
何故、奪われていないのだろう。懐の中身も無事だ。
五十鈴の事など、容易に御せると思っているのだろうか。
頭を振り、再び暗がりに目を凝らす。敵が何を考えているのかなど、今考えても仕方がない。
それより、囚われている事実が重要だった。
このままでは、湊と名乗った男の主とやらが、ここに来てしまうかもしれない。
あの男は『儀式を行う』と言った。
何の為の、誰の為の儀式か見当もつかないが、五十鈴にとっていい事では決してないだろう。
その主が来る前に、何とかこの場所を抜け出さなくては。
漆喰の壁に指を這わせる。古い壁だ。
どこに囚われているのかはわからないが、仙北山中から出てはいないだろう。
【結ノ里】では乾いていた空気が、この場所は水の気を感じる。竜神の住処である仙北山は、都の水源だ。
湿った空気が、五十鈴にここが山の中だと感じさせていた。
ふと、壁の一部が動いたような気がした。
「…?」
少し強く押してみる。ボロッと、元は白であったろう汚れた壁が剥がれた。
壊せるかと、神通力を指先に込めてみる。
何も起こらなかった。力が出せない。手元に視線を向ける。
「…これのせいね」
忌々しい手枷に埋め込まれた、黒い石。神通力を吸い取っているようだった。
つまり、現在の五十鈴は己の体力だけで、この窮地を抜け出さなければならないという事だ。
きゅっと唇を引き結び、目の前の壁を睨みつける。
「…ここからは、無理そうね。ならば、鍵は…」
鉄格子に歩み寄る。
足が重たい。足枷にも、力を吸う石が嵌まっていた。
苛立ちをぶつけるように、鉄格子に手を掛ける。
頑丈な錠が取り付けられているようだ。この鍵は、先程の湊が持っているのだろうか。
鍵穴を調べてみる。特殊な形状はしていない。
「これなら、外せるかしら…」
帽子の中に手を入れ、髪をまとめていた簪を抜いた。
銀色に輝く、飾りに青い花があしらわれた簪は、成人の折に陽向から贈られた物だった。
簪の先を、鍵穴に入れてみる。
不自由な手を動かして、鍵穴の中で簪をカチャカチャと動かしていると、ガチリ、と鈍い音がした。
「!」
幼い頃に駿河に習った、鍵開け。こんなところで役に立つとは思ってもみなかった。
音を立てないように、鉄格子を開けてみる。
男たちが湊に連れ去られ、周囲には誰もいないようだった。
ほっと息を吐き、五十鈴は慎重に足を踏み出した。




