第三十四話
男が去った室内で、五十鈴はゆっくりと鉄格子に近づいてみた。
地面に転がされている男たちと目が合う。
膝をつき、話しかけてみた。
「貴方たちは、何故捕まっているの?こちらへ近づける?その猿ぐつわを外してみるわ」
身じろぎし、何とか五十鈴のほうまで囚われの男が這ってこようとしている。
五十鈴も格子の内側から、手を伸ばしてみる。
あと少しで男の口元に手が届くというところで、再び不穏な声が響いた。
「これは、巫女様。そのような者にお手を触れてはなりません」
「!」
立ち去ったと思わせ、完全に気配を消していた先程の男が、再び歩み寄ってきた。
警戒していたはずなのに、気づけなかった。
地面を這っていた男をつま先で蹴り上げ、五十鈴の側から離す。
「…っ」
「やめて!酷い事をしないで」
「これはお優しい。ですが、貴方様の御身に、このような者どもを近づける訳には参りません。
貴方様は、我が主の伴侶となり、この世を新たな世界へと導く尊き御身。穢されてはなりませんぞ」
男の言う言葉の意味が、いや真意がわからず、困惑する。
気持ち悪い。
一体、この男の視線の先には何が見えているのか。
男が手にしていた盆をこちらへ差し出す。
「水と、お食事をお持ちしました。
これは、山頂に湧き出る泉の水、こちらは山の中で我らが狩った獣の肉でございます。巫女様のお口に合うかどうか」
器用に鉄格子の中へ腕を伸ばし、石の台に水と食事の入った椀を置かれた。
誰が口にするものか。狼藉を働く者に差し出された物など、何が入っているかわかったものではない。
口を引き結ぶ五十鈴に、男がはたと手を叩く。
「そうです、まだ我が名もお伝えしておりませんでした。巫女様をお迎えできた喜びに、名乗りもせずご無礼致しました。
私は湊と申します。我が主が戻られるまで、巫女様の身の回りのお世話を仰せつかっております」
地に膝をつき、頭を深く下げるその様子は、五十鈴を敬っているようにも見える。
だが、湊と名乗った男に信用できる要素が何もない。
言葉を返さない五十鈴に気分を害した様子もなく、男は再びその場を立ち去ろうとした。
「巫女様、ご不自由ないように努めますが、下賤の物にお声がけなどなさいませんように、お願い致しますぞ。尊き御身が、穢されてしまいます」
縛られた男の体をさらに五十鈴から離すように、その細腕で持ち上げる。
己よりも大きな体格の相手を軽々と持ち上げた様子に、五十鈴は油断しないように自身に言い聞かせた。
穏やかな口調と優男風の見た目に騙されてはいけない。
己を陽向たちの前から攫った、敵なのだから。




