第三十三話
くぐもったうめき声が聞こえる。
目を開けると、薄暗い室内に寝かされていた。いつの間にか、気を失っていたようだ。
ゆっくりと、身を起こしてみる。
ジャラリ。
重たい金属音が響き、手元に目をやる。
手首に枷が嵌められていた。黒い石が、埋め込まれている。
手を動かすと、繋がれた鎖がジャラリと音を立てた。
「……」
五十鈴は周囲に視線を走らせた。ここは、一体どこだろう。
山頂へと向かう山道の途中で、熊の魔獣に遭遇して、戦闘に入ろうとしたところを、曲者に襲われたはずだ。
ハッとして、懐を探る。
小刀も守り石も、呪符もある。何も奪われてはいなかった。
「…?」
先程から聞こえていたうめき声が大きくなる。
寝台らしき石の台からそっと足を下ろす。足首にも枷が嵌められている。
重たい足を引きずり、声のする方へ移動しようとした。
「気がつかれましたかな?」
「…!」
覚えのない声に、肩が跳ねた。
薄闇に目を凝らす。
黒々とした鉄格子が視界に映った。
「手荒い歓迎となりました事をお詫び申し上げます」
鉄格子の向こうから、ひそやかな声が響いてくる。
「……」
声を出さないように気をつけながら、五十鈴は身を固くした。
「そう警戒されずとも、御身を傷つけるつもりはございません。我が主より、貴方様の保護を仰せつかっておりますゆえ」
主とは、一体誰の事なのか。
じっと鉄格子を見つめていると、その先に一人の男が歩んできた。
玄カガチが着ていたものと似たような、黒装束に身を包んでいる。年の頃は三十ほどといったところか。
見覚えのない男だ。少なくとも、五十鈴の記憶の中にはいない。
答えない五十鈴に何を思ったのか、男が嗤う。
「我が主の伴侶となられます、神楽の巫女様を歓迎いたしますぞ」
「!!」
男の言葉に、場がざわつくのを感じた。うめき声を出している者たちだろうか。
焦って頭に手をやる。麻の帽子はきちんと被っていた。では、この男は髪を見た訳ではないのに、五十鈴の素性を知っているという事だ。
伴侶とはどういう意味なのか。得体の知れない気持ち悪さが襲う。
口をつぐむ五十鈴に、男が続ける。
「我が主の用意が整うまで、巫女様にはこちらでお過ごしいただきます。快適とは言い難いのですが、ご容赦を」
恭しく頭を下げる男は、その穏やかな口調を崩さない。
少しは声を掛けて、情報を探るべきか。
迷う五十鈴の視界の隅に、猿ぐつわを噛まされた人物の姿が映った。
両手足を縛られ、地面に転がされている。何人もいるようだ。目を見開いて、五十鈴のほうを見ていた。
五十鈴の視線に気づいたのか、男が縛られている者たちにチラリと目をやった。
「この者どもは、お気になさいませんよう。主が戻られましたら、儀式を行いますので、これらは必要なのです」
「儀式…?」
思わず、言葉に出していた。男が喜色を浮かべる。
「おぉ、お声をお聞かせいただけるとは。
貴方様は何も憂いなくお待ちいただければ、よろしいのですよ」
にこにこと、悪意のかけらもないような顔をして、男はその場を立ち去った。
後に残された五十鈴は、何とかしてこの場所を脱出する方法を必死に考え始めた。




