第二十八話
男たちが隣の部屋に入る音を確認し、楓が軽く息を吐いた。
寝台に座る五十鈴を振り返る。
「じゃあ、五十鈴。衣を脱いで」
「本当に拭くの!?」
「そりゃあ、そうよ。汗をかいたでしょう?水浴びはさせてあげられないけど、手ぬぐいを絞る為の水くらいなら、私にだって出せるのよ」
ほら、と言って、楓は手の平の上に小さな水球を発生させた。
「水の術…」
「勿論私は、風の術のほうが得意ですけどね。
四方の家門が、竜神様の御力を受け継いできているのは知ってるでしょ?竜神様は、地水火風すべての力を操る神なのよ。私たち子孫にも、ほんの少し他の術を扱う力が備わっているわ」
「じゃあ、陽向や駿河も…?」
白い修練着の帯に手をかけながら、五十鈴が尋ねる。
「陽向はそうでしょうけど、駿河はどうかしらね?彼は、何て言うか…鍛錬にしか興味がないから」
手の平の上に出した水球に手ぬぐいを浸し、固く絞った楓が、五十鈴の修練着の胸元をくつろげた。
優しく、汗をかいた肌の上を拭き始める。
「湯浴みできないのは気持ち悪いでしょうけど、我慢してね」
「旅の最中だもの、当然よ。体を拭いてもらうだけで、さっぱりするわ」
「陽向に拭いてもらいたかった?」
「!」
思ってもみなかった言葉に、五十鈴は動揺する。
「な、ななな、何を言って…っ」
「背中も拭くわね」
そんな五十鈴に構わず、楓が後ろに回り込む。
白い肌が露わになり、羞恥に赤く染まっているのが薄暗い室内でもわかった。
『これは、陽向、脈ありなんじゃない?』
心の声を言葉には乗せずに、ゆっくりと五十鈴の背中を拭いていく。
「五十鈴が眠っていた三日間、陽向がどれだけ必死に貴方の看病をしていたか、見せてあげたかったわ」
「陽向が?」
「そうよ。眠る貴方に付きっきりで、私たちが休むように言っても、全然聞かないの。あんな陽向、初めて見たわ」
告げられた真実に、胸の奥が温かくなってくる。
危険な旅に同行してくれているだけでなく、知らない間にも守ってくれていた。
それがこんなに嬉しい事だなんて思わなかった。けれど……。
「楓」
口調の変わった五十鈴に、楓はハッとする。
「明日の朝一番に、私たちは仙北山に登る。どんな危険が待っているかわからない。今、余計な事は考えたくないの」
「…陽向の事を考えるのは、余計な事?」
弱く首を横に振る五十鈴。
「将来の事は、きちんと考えなくちゃいけないとは、思ってる。でも、これから戦いになるかもしれない。陽向の事を考え過ぎて、動きが鈍くなるのは困るわ」
「……わかった。この話はおしまいね」
幼馴染の不器用すぎる言葉に、楓は内心でため息を吐いていた。




