第二話
自室へと戻る廊下の途中、五十鈴はのんびりとついてくる陽向にチラリと目をやる。
五十鈴より頭一つ分背の高い陽向は、細身だが引き締まった体躯をしているのが、深青色の修練着の上からでもわかる。
「陽向、本当に私の護衛として一緒に行くつもり?」
「大老様と長老たちの言いつけだぜ?行かないという選択肢はないと思うが」
「それはそうだけど、貴方ならどんな理由をつけたって断れたでしょ?」
「断る理由はないんだが…」
戸惑ったような陽向の言葉に五十鈴は視線を下げる。
陽向が己の婿候補筆頭であることは、先月十六になり成人を迎えた日に大老から聞かされた。幼い頃はよく遊んでいた記憶があるが、三歳上の陽向とは成長するにつれともに過ごすことが減っていった。
先に成人を迎え、修練が始まった陽向に遊ぶ時間などなくなったからだと自分に言い聞かせていた。
本当は、違うのに。陽向のせいではないのに。
「いずれ東家の当主を継ぐ春親兄さんの補佐で、忙しいと思ってた」
「まあ、そうだな。けど、兄貴の補佐と本家の五十鈴の護衛なんて、どっちが大事か決まってるだろ?」
「…嫌われてると…思ってたから……」
「はあ?」
消え入りそうな五十鈴の声に、陽向は訝しげな声を上げる。
物心つく頃から、頭の奥に不思議な声が響いてくるようになった。
高いような低いような不思議な声で、だがすべての不安を消し去ってくれるような、大きな安心感があった。
一度、まだ存命だった両親に話してみたことがある。その時の両親の嬉しそうな表情を今でも覚えている。
『それはきっと竜神様のお声だ。五十鈴は始まりの巫女様の血を色濃く継いだんだね』
『でも、声が聞こえるだけなの。私とお話できるわけではないのよ』
『もう少し大きくなれば、五十鈴も修練が始まる。己の中の神通力を鍛えて強くなれば、きっと竜神様にお前の言葉が届くようになるはずだよ』
そう言われて、誇らしげな気持ちになったものだった。
一族の誰にもその声は聞こえない。自分が特別な存在であるような気がしていた。
だが、年々竜神の声は聞こえにくくなっていった。十六の成人を迎える頃には、まったく聞こえなくなった。そして少しずつ、都を水不足が襲うようになり、統治院が原因を探ってあれこれ手を尽くしているという話が聞こえてくるようになった。
『守り神である竜神様の御身に何事か起こったのではないか』
そう言い出したのは誰だったであろう。
統治院は竜神の住処である仙北山へと人を差し向け、水が干上がっている原因を探っている。だが、誰一人として帰還していない。
そんな中、神楽族に統治院からの召喚状が届けられたのだ。




