第二十一話
どこかの寝台に横たえられているらしい自分の右手を、陽向の大きな手が包み込んでいた。
そっと、握り返してみる。
弾かれたように視線を上げる陽向に、五十鈴は微笑んでみせた。
「…陽向」
「ああ、五十鈴…気がついたのか…」
身を起こそうとして、額に何か置かれている事に気づく。…手ぬぐい?
「私、一体…」
「無理に話すな。まずは、水だな。飲めるか?」
陽向が、呪符の貼られた水筒を手にしていた。旅の途中で何度も飲ませてくれた、枯れない水。
起き上がろうとする五十鈴の背に陽向が手を添える。温かい、大きな手。背中から伝わる温もりが心地よかった。
水筒を受け取り、一口、飲む。思っていたよりも喉が渇いていたらしく、そのまま続けて三口飲んだ。
ふう、と息を吐く。
「ありがとう」
「いや…」
起き上がった時に落ちた手ぬぐいを丁寧に畳み、陽向が五十鈴の額に手を当てる。
「…熱は下がったな。気分はどうだ?」
「大丈夫。何だか、スッキリしているわ」
「よかった」
心の底から安堵した、といった声で陽向が呟く。随分心配をかけてしまったようだ。
「ここは…」
「【結ノ里】の村長の屋敷だ。クロが連れて来てくれた」
「クロ?」
「俺だよ」
扉から入って来た少年の姿に、五十鈴は目を見開いた。
着ていたはずのボロボロの麻の衣服が、清潔そうな絹の装束に変わっていたからだ。
真っ黒な衣。夢の中で見た、竜神の姿を思い起こさせる。
「い…白の君。こいつは玄カガチ。倒れたお前を休ませる為に、この屋敷へ案内してくれた」
陽向の説明に、再び少年を見やる。
クロと呼ばれた少年は、小さく肩を竦めてみせた。
「あんた、三日も寝てた。粥を作ってきたけど、食べられそうかい?」
「三日!?」
少年の言葉に驚き陽向を見ると、眉を下げて笑っていた。
「そんな、早く仙北山に登らなきゃ…!」
「落ち着け。まずは、体力を回復させること。三日も眠っていたから、力が弱ってるはずだ。せっかくクロが作ってきてくれたんだ。無駄にするな」
「あ…」
陽向の言う通りだった。水も食料も不足していそうなこんな状況で、倒れた五十鈴の為に粥を作ってくれた少年。感謝の気持ちと申し訳なさが浮かんでくる。
「ごめんなさい」
「気にしないで、早く食べちゃいなよ。俺は見回りに行ってくるし」
「火の君か、風の君と一緒に行けよ。一人では出歩くな」
「わかってるよ」
気安い会話を交わして、少年は部屋を出て行った。
室内に残された五十鈴は、陽向と手渡された粥を見比べる。
「随分、仲良くなったのね?」
「クロか?そうだな、いい奴だよ」
五十鈴の手から匙を取り上げ、粥をすくって食べさせようとしてくる陽向に、動揺を隠せない。
「な…何をしてるの?」
「目が覚めたばかりで、力が入らないだろう?食べさせてやるから」
「だ、大丈夫よ!?」
「遠慮するな。ほら、あーん」
遠慮ではない。恥ずかしすぎて土に埋まってしまいそうだ。
だが、案外頑固な陽向は、五十鈴が大人しく食べるまで、いつまででも待っていそうだった。
一度ギュッと目をつぶり、五十鈴は震えを隠しながら口を開けた。




