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竜の待つ都  作者: 紫月 京
第二章 たどり着いた北の村

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第十九話


華美さはないが堅牢な黒い外壁の屋敷へ、五十鈴を抱えた陽向が慎重に足を踏み入れる。

気配を探ってみても、自分たち以外の存在は感じられなかった。

少年の先導で、一番奥の部屋へと入り、五十鈴を寝台に横たわらせる。

額に手を当ててみると、酷い熱だった。一体どうしたというのか。

眉間の皺を深くする陽向に、少年が手ぬぐいを差し出す。

「汗、拭いてやれよ。ちゃんと清潔な布だ」

戸惑いながらも、受け取る陽向。

「…ありがとう」

「あんたたちから、敵意は感じない。信用はしないけど、話を聞いてくれて嬉しかったから。

 …最初に石投げて、ごめん」

視線を下げる少年に、五十鈴の汗を拭いながら陽向も表情を緩めた。

「こちらこそ、話を聞かせてくれて、この屋敷も貸してくれてありがたい。

 そう言えば、まだ名前も聞いてなかったな。お前の名は?」

「…(くろ)カガチ…」

初めて名乗った少年に、陽向は目を見張った。

「カガチ…」

「この村で生まれた子供は、みんなカガチの名を持ってる。外の人間には奇異に聞こえるんだろ?けど、遥か昔から、竜神様の眷属であることを示す大切な名前だからって、受け継がれてきたんだ。

 単にクロでもいい」

「そうか…。

 俺は、今は水の君と呼ばれてる。真名を教えてやりたいんだが、俺の一存では決められない」

すまなそうに頭を下げる陽向に、玄カガチは首を横に振った。

「気にすんなよ。まだ、敵か味方かお互いわからないんだ。その人が目を覚ますまで、あんたも少し休みなよ。酷い顔色だ」

そう言って、少年は部屋を出て行った。



室内に残された陽向は、ふうと一つ息を吐き、寝台の五十鈴に視線を戻す。

苦しそうな呼吸を続けている。

小さい頃から見てきたが、こんな状態の五十鈴は初めて見た。

倒れる前、何か呟いていた。


『…待って…行かないで…』


泣き出しそうな、消え入りそうな声だった。

何か聞こえたのか、何か見えたのか。

この旅の間、いや、それ以前から、五十鈴が何かを胸に抱え込んでいる事には気づいていたのに。

陽向には話せない事だったとしても、それでも、倒れるほど苦しんでいるなら少しは弱音を聞かせてほしかった。

親方様と奥方様が亡くなった時でさえ、気丈に振る舞っていたのに。

頭を振り、陽向は寝台の枕元に跪いた。

美しい髪を隠してきた、麻の帽子をそっと脱がせて楽にしてやる。

胸の前で指を組み、小さく呟いた。

「この地に残る水の精霊よ、我が呼びかけに応え、力を貸し給え。…水膜」

五十鈴の頭上に、手の平ほどの大きさの水の膜が浮かび上がった。そっと、五十鈴の額へと下ろしていく。

肌が濡れないように、膜との間に先程の手ぬぐいを置いた。

「これで、熱が下るはずだ。あとは…」

荷の中から水筒を取り出す。東家の呪符が貼られた、中の水が枯れない水筒である。

水不足の現在、旅の必需品だった。

水筒から指先に少し水を取り、五十鈴の唇にそっと触れる。

ほんのりと湿らせた唇が薄く開いた。

水筒から一口水を含み、陽向は五十鈴の唇に自分のそれを優しく重ねた。

コクリ、と五十鈴の喉が鳴る。

無事に水を飲んでくれた事に安堵し、陽向は深く息を吐いた。



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