第十八話
五十鈴の背後で、駿河の殺気が膨れ上がる気配がした。
振り返った五十鈴の目に、見た事もないほど険しい表情をした駿河の顔が映る。
「何だよ、それ…!竜神様の御力を奪う?話を聞かれたこの坊主を閉じ込めた?
ぶっ飛ばしてやる!」
両の拳をぶつけ、赤い瞳に闘志を燃やしている。火の気配が強くなる。
そんな駿河の腕に、楓がそっと手を添えた。
「落ち着いて、火の君。冷静さを失ってはダメよ」
村に入る直前、四人はお互いの呼び名を決めていた。何が起きているか掴むまで、他者に名を知られないようにするためだった。
「風の君の言う通りだな。殺気を引っ込めろ、火の君」
陽向も楓に同意し、五十鈴の後ろから少年に向き直る。
「それで、その役人と村長たちは村に戻って来ないんだな?どんな奴だった?髪の色や瞳の色、それから…」
陽向が話している最中、五十鈴は耐えきれなくなって頭を押さえて蹲った。
「……っ!」
「いす…白の君!?」
慌てた陽向の声が遠くに聞こえる。
痛い。頭が、割れるように……。
『…来たれ…』
水底から響くような、くぐもった声。
だが、幼い頃からずっと傍にあった、五十鈴に安心感を与えてくれる声。
『…我が巫女よ…疾く来たれ……』
胸がざわつく。
眩暈が酷くなる。
大切な声が遠くなる。
「…待って…行かないで…」
『…疾く来たりて…我を解放せよ……』
それきり、声は聞こえなくなった。
地に膝をつき、きつく目を閉じる。
心の臓が体中を巡っているようにドクドクと、早くなった鼓動が己の耳に響く。
息を荒くする五十鈴の体を、陽向が抱え上げた。
「坊主、すまん。こいつを休ませたい。俺たちをまだ信じられんかもしれんが、頼む。どこでもいい。体を横にならせてやりたい」
必死の頼みに、少年はしばらく考え、村の奥を指さした。
「村長の屋敷。いくつか部屋もあるし、あんたらが休むくらいはできる」
「恩に着る」
「信用した訳じゃない。でも、苦しんでる奴を放っておくほど、【結ノ里】の者は薄情じゃない」
淡々と告げる少年に頷き、陽向は抱え込んだ五十鈴の体をできるだけ揺らさないように、先導する少年の後を追い始めた。
陽向の背中を見送り、駿河と楓は他に人の気配がしないか、周囲に視線を走らせた。
何故か五十鈴が倒れ込んだ今、あの少年以外にこちらに敵意を持った人間がいては厄介だ。
「…白の君、大丈夫かしら…」
「旅の疲れ、って感じでもなかったな。誰かに話しかけてたようにも、見えた」
「そうね。…とにかく私たちも行きましょう。水の君には白の君の護衛に集中してもらわないと。今後の事は、また後で話し合いましょう」
二人は頷き合い、陽向の後を追うために駆け出した。




