第十話
夜の間に異変はなく、四人は朝日が昇りきる前に野営地を片付けた。
糧食を腹に入れ、装備を整える。
「ここから仙北山麓の村までは、止まらずに行く。遅れるなよ」
陽向の言葉に頷く三人。
懐にしまった東家の守り石を衣の上から確かめ、五十鈴は強い視線を北へ向ける。
微かに見える仙北山の山頂からは、いまだ煙が立ち上っている。
一体何が起こっているのか。竜神様はご無事なのか。異変の原因を突き止め、都に水を取り戻してみせる。
強く気持ちを引き締めている五十鈴は、ふと、陽向がこちらを見つめていることに気づいた。
「陽向?どうしたの?」
「…いや、何でもない」
「……?」
首を傾げながらも、五十鈴は始まりの巫女から受け継がれてきた刀を腰に差し直した。
二人のやり取りを、駿河と楓がじっと見つめていたことに気づかずにーー。
丸一日駆け続け、仙北山麓の村まであと数刻といった場所で、四人は最後の野営をすることにした。
道中、瘴気に覆われた魔獣が襲ってくることが何度かあったが、昨日の大蛇ほどの強敵はおらず、すべて撃退しながら危なげなくここまでたどり着いた。
天幕の中で小休止を取る五十鈴に、楓が尋ねる。
「五十鈴、体は辛くない?」
黒い外套を脱いで畳みながら、五十鈴は首を横に振った。
「まだ平気よ。みんなのほうが、戦闘もあって疲れてるでしょ?」
「昨晩の大蛇のような魔獣はいなかったから、私達も大丈夫だけど。でも、仙北山が近づいてきているから、巫女様の血を引く五十鈴は辛いのではないかと思って」
「えっ?」
どういう意味かと尋ねようと楓に目を向けると、彼女は黒い修練着の袖口を引っ張りながら、五十鈴から視線を外していた。
「楓?」
「昨夜、陽向が言っていたでしょ?五十鈴の力が思うように使えないのかもしれない、って。仙北山が近づいてきて、五十鈴の身に何か起きているかもしれないと思って」
言いにくそうにしているのは、いまだに五十鈴が戦闘で神通力を思うように振るえないからだろうか。
同い年の楓の気遣いが嬉しく思え、五十鈴は小さく笑う。
「修練の時はこんなに力の制御に苦労したことなんてないの。だから、いつもと違って戸惑っていることは確か。でも、そんな弱音を吐いたところで、力を上手く扱えるように戻る訳じゃないでしょ?だから、自分にできる事をするわ。
今は、一刻も早く、仙北山に登りたい。そして、竜神様のご無事を確かめたいわ」
五十鈴の言葉に、楓がようやくこちらを見る。
「…五十鈴は、強くなったのね」
寂しそうな、嬉しそうな表情で楓は呟いた。
五十鈴は思わず、幼馴染の少女の手を両手で握る。そっと、包み込むように。
「五十鈴?」
「私はまだまだ、強くなんてなれてない。楓にそう見えたなら、それはみんながいてくれるからよ。
長老たちには、仙北山に私が行くって啖呵を切ったけど、本当は一人では不安で仕方なかった」
「……」
「護衛に陽向が就くと知って嬉しかったけど、素直にそう言えなくて…。なのに北門で駿河と楓も待っててくれた。心強かった。実際、ここまで来る間も三人には助けられてばかり」
情けないわ、と呟く五十鈴の手を、楓が握り返す。
「五十鈴、実は言っておかなくてはならないことがあるの」
迷うような表情を見せたあとで、楓が囁いた。
「響に最後に会ったのがいつか、覚えている…?」




