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天才。

作者: 佐藤 亮太

意味を考えながら読んで頂けると幸いです。


少々ドロドロした内容となっております。

 葬式をした家の息子は言った。

「兄のことは好きではありませんでした」

 その冷たい言葉に、彼はさらに続けた。 

「なにしろ、兄は天才でしたから」


 勉強、運動、楽器、歌、機械、絵画、良識、雑学、人柄、容姿、体格、、、

 兄は天才だった。何においても、だ。

 

「もし、勝っているものがあれば……、視力ですかね」

 兄の形見である眼鏡を見ながら、彼は皮肉った笑みでそんな事を言っていた。

 こちらからしてみればこの少年だって十分に大人びていた。

 むしろ、彼の母親の方が取り乱し気味だ。

 

 兄と呼ばれた少年。無論、この葬式は彼のために執り行われたものである。

 兄と呼ばれた少年は数日前に死んだ。

 医者と警察によれば『自殺』とのことだった。

 その年はまだ高校3年。つまり17であった。

 母親は泣き崩れ、父親は壁に背中を預けて顔を下に向け。

 少年の弟ただ一人が、真っ直ぐに前を向いていた。

 しかし、彼は恐らく、この式場にいる誰よりも、内心穏やかではなかっただろう。

 あらゆる意味で、穏やかでいられるはずが無かったのだ。

 たとえ、誰が今の彼の位置にいても、穏やかでいられたらそれはすでに異常である。

 

「兄は、とても大きな壁の一つでした。それなのに、案外にあっさりとその壁全部跳んでいってしまいましたよ」

 兄が自殺したという状況で、狂った冷静さだった。

 静かに、静かに、静かに。

 彼は言った。


 憎み、蔑み、恨み、妬み、純粋に嫌っていた。

 しかし、強固だと思っていた壁は、まるで紙で出来ていたかのように、簡単にその身を滅ぼしていった。

「それなのに……」

 壁がなくなったと思ったら。壁の立っていたその場所には、とてつもなく大きな穴ができていた。

「どれだけ奪い、どれだけ苦しめれば気が済むんだ……」

 彼は憎悪の塊のような言葉を吐き捨てた。

 兄が天才だということは、自分が常にその天才と比較されるということを表していた。

 だから、兄が死んでいるという事実はある意味とても喜ばしいことだった。

 とうとう、今までみたいに何を頑張っても認められないなんていうことはなくなったんだから。

「それなのに……」

 なぜそんなやつの死を悼む。

 なぜそんなやつが愛される。

 ずっと自分を苦しめてきた人間が、なぜそこまで良い扱いをされるのだ。

 母親は泣き崩れながらなんども棺の中の兄の顔を見て。

 父親は棺を上から覗き込み、そして壁に身を預ける。

 彼は後悔した。 



 やはり、やはりもっと……。

 

 その顔を見れぬほど。


 顔を、その死体を見ただけでも嫌悪感を抱くほど。

 

 〝醜く殺してやれば良かったと〟



彼はきっと天才でしょう?

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