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ふくとアクア部の日常  作者: たんすい
第2章:変わってる私が好きになったもの
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家族との絆と私の「好き」

 家に着く頃には、すっかり夜になっていた。


「ただいまーっ」


「彩花、おかえりなさーい! ……あら、今日は遅かったわね」


 キッチンから甘く香ばしいパンの匂い。


 リビングでは、お父さんがノートパソコンと格闘していた。


「お父さん、また動画編集?」


「ああ。今度は『真夏の怪魚ハンティング』でな。サムネイルのフォント、どっちがいいと思う?」


 お父さんは釣りYouTuberとして、登録者3万人を抱えている。


 子供の頃、私はお父さんの大きな背中を、雛鳥みたいについて歩くのが大好きだった。


 田んぼの脇を流れる小川で、泥んこになってエビやメダカを探した。


「お父さん、見て! すごいのが、ここにいるの!」


 泥だらけの手のひらで宝物を見せると、お父さんはいつも優しく笑って、


 私の頭をくしゃりと撫でてくれた。


 ――でも、いつからだろう。


 制服のスカート丈を気にし始めた頃から、


 私は「好き」を恥ずかしい秘密のように隠すようになった。


 それでも、お父さんとの釣りだけは、なぜかやめられなかった。


 静かに水面に釣り糸を垂らす時間。


 そこは、息苦しい教室から解放される、私だけの聖域だった。


「彩花ー、ご飯できたわよー」


 お母さんの声に、ダイニングテーブルに着く。


 湯気の立つシチューと、温かいパンの優しい香り。


「それで、彩花。今日学校で、何かいいことでもあったの?」


 お父さんの何気ない問いかけに、私は一瞬ためらった。


 でも、今日の出来事――アクア部のこと、海月先輩のこと、そして凛さんのこと。


 それを話したい、という気持ちが自然に溢れてきた。


「……あのね。私、部活に入ったんだ」


 お父さんがスプーンを止め、お母さんが驚いたように顔を上げる。


「部活? 珍しいじゃないか。運動部か?」


「ううん。アクア部っていうの」


「アクア……?」


「水槽でね、熱帯魚を飼うの」


 私の言葉に、お父さんの目がきらりと光った。


「熱帯魚! 俺も昔、飼育してたぞ! ガーってワニみたいなやつ」


「ワニ!? そんなの怖すぎるよ……私は、指先くらいのちっちゃいフグを飼うことにしたの」


「フグ? 淡水にフグなんているのか!」


 お父さんが身を乗り出す。その反応が嬉しくて、私も笑顔になる。


「アベニーパファーっていう、すっごく小さな子なの。

 淡い黄色の体に、黒い斑点があって……言葉にできないくらい可愛いんだ」


「へぇ! それ、YouTubeのネタになるな! 『激レア淡水フグ釣りに行ってみた』とか!」


「無理だよ、外国の魚だもん。しかも指先くらいしかないんだから」


 そのやり取りを見て、お母さんがふっと笑った。


「彩花は、本当に子供の頃から生き物が好きだったものね。

 泥だらけになって、小さな虫かごを抱えて帰ってきたこともあったでしょう?」


 お母さんの声が、じんわりと胸に染みた。


「でもね……彩花。あなたが、そんなに楽しそうに話すのって、久しぶりな気がするわ」


 その言葉に、息が止まる。


「中学に入ってから……あんまり、そういうお顔、見せてくれなかったもの」


 お母さんは、全部気づいていたんだ。


 私が「好き」に蓋をしていたこと。


 心からの笑顔が消えていたこと。


 胸の奥で凍っていた何かが、ゆっくりと溶けていく。


「お前が心から好きだと思えることを見つけたんなら、それでいいさ」


 お父さんが、ぶっきらぼうに、でも優しく言った。


「フグだろうがカエルだろうがな。生き物と向き合うってのは、悪いことじゃない」


 その言葉が、私の背中を強く押してくれた。


「……ありがとう、お父さん、お母さん」


 気づけば、涙が一筋、頬を伝っていた。


 * * *


 その夜、ベッドに潜り込んでも、なかなか眠れなかった。


 スマホの画面に、海月先輩からのメッセージが光っている。


『明日、部室で渡したいものがある』


 一体、何を渡してくれるんだろう。


 期待で胸がいっぱいになって、枕に顔をうずめる。


(……明日が、待ちきれない)


 そして、ふと思う。


 凛さんは、今頃どこで何をしているんだろう。


 あの翡翠色の瞳に映っていた、深い痛みの正体は何なんだろう。


 海月先輩が取り戻したいと願う、「あの頃のアクア部」って、どんな場所だったんだろう。


 ――私は、その答えを知りたかった。


 そして、もしかしたら。


 「変わってる」と言われ続けた私が、その答えを見つける鍵を持っているかもしれない。


 そんな予感がした。


 窓の外に広がる夜空を見上げながら、


 私は静かに目を閉じた。


 明日から、また新しい物語が始まる。

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