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ふくとアクア部の日常  作者: たんすい
第2章:変わってる私が好きになったもの
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仲良し家族と私の「変」

 凛さんの黒いフードが雑踏に消えていくのを見送った帰り道。


 夕焼けは、いつもより少しだけ暗く見えた。


 凛さんは、どうして「俺」なんて言うんだろう。


 あの硬い一人称は、誰から身を守るための鎧なんだろう。


 そして――海月先輩の、あの寂しそうな横顔。


(……あの二人の間に、何があったんだろう)


 知りたい。でも、踏み込んではいけない気もする。


 胸の中で、好奇心と遠慮がせめぎ合っていた。


 ――ブーン。


 ポケットの中でスマホが震えた。


『ふくへ。明日、部室で渡したいものがある。たぶんお前も気に入ると思う』


 その一文を見た瞬間、胸の奥がふわりと温かくなる。


("ふく"……)


 今日、先輩が呼んでくれた、あだ名。


 たった二文字なのに、まるで秘密の合言葉みたいで、特別な響きがあった。


 福原彩花――「ふく」。


 中学の頃、友達に「彩花」って呼ばれるのは普通で、嬉しくもなんともなかった。


 でも、「ふく」は違う。


 海月先輩が、私のために考えてくれた名前。


 それだけで、なんだかアクア部の一員になれた気がしていた。


 気づいたら、無性にアベニーパファーに会いたくなっていて、

 家とは反対方向の、商店街行きのバスにふらりと乗り込んでいた。


 ――ガタン、ゴトン。


 バスがゆっくりと走り出し、窓の外の景色が少しずつ遠ざかっていく。


 胸の奥で期待がふくらんで、気がつくと窓ガラスに映る自分に向かって、ひとりでにやけていた。


 やがてバスが停留所に着くと、商店街の灯りがぱっと目に飛び込んできた。


 さっきまで凛さんと海月先輩を追いかけた道の、その少し先。


 この先に、あのアクアショップがある。


 あの子たちは、まだあの水槽で泳いでいるんだろうか。


 * * *


 店の扉を開けると、変わらない水の音と、優しいポンプの低い響き。


 店主のおじさんが「おや、また来たのかい?」と笑顔で迎えてくれた。


「はい……あの、アベニーパファー、見せてもらっていいですか?」


 小さな水槽の前にしゃがみこむと、あの子がいた。


 淡い黄色の体に、いたずら描きみたいな黒い斑点。


 ぷかぷかと、不器用に泳いでいる。


(……ちっちゃいのに、一生懸命だね)


 思わず、ガラス越しに指を動かす。


 あの子は興味なさそうに、ふいっとそっぽを向いた。


「ふふ、ツンデレだ」


 その姿が、なぜだか他人事に思えなかった。


 ――「彩花って、ちょっと変」


 中学二年の春。


 友達と一緒に田んぼ道を歩いていた時のこと。


 稲の根元へと流れ込む田に引く水のきらめきに心が躍って、思わず屈みこんで覗き込んだ。


 澄んだ水の底では、水草がゆらゆらと揺れ、小さな生き物たちの影がすばやく走り抜けていく。


 世界はこんなにも豊かで、美しくて――


「え、なんでそんなもの見るの?」


「普通、女の子はそんなの見ないって」


 友達のくすくす笑う声が、冷たい水のように背中を伝った。


 ああ、そうか。


 私は、"普通"じゃないんだ。


 それから私は、心の奥で輝いていた「好き」という感情に、


 そっと重い石の蓋をした。


 でも――


(……アベニーパファーも、きっと"普通"のフグじゃないよね)


 ちっちゃくて、不器用で、誰にも媚びない。


 それでも、この子は堂々と泳いでいる。


「……私も、そうなりたいな」


 ぽつりと呟いた言葉は、誰にも聞こえなかったけれど、


 自分の中ではっきりと響いた。


 店を出る時、振り返って水槽を見た。

 アベニーパファーは相変わらず、マイペースに泳いでいた。


(……待っててね。ちゃんと準備して、迎えに来るから)


 心の中でそっと約束して、私は商店街の灯りの中へ歩き出した。

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